「……さくら? 何か今日変だよ? どうしたの?」
優は左席に座っているさくらを怪訝そうに見つめる。優はおっとりしているようで、実は勘が鋭い時がある。だが、さくらのあからさまな挙動不審を見れば、誰でも疑問に思うのが普通だろう。
「何でもないよ~。それより、優は彼氏とはどうなのよ」
さくらは苦笑して結局、話題を自分のことから優の彼氏のことへとすり替えた。
まあ、一度や二度の失敗は誰にでもある。
それに、あの男とはもう会うこともないだろう。ならば、この話は自身の胸に留めて忘れてしまったほうが気分的にも楽になれる。
さくらと優は、居酒屋で一時間程飲み交わした後、店を出ると徒歩で家路を辿る。
外に出るとアルコールで火照った身体に夜風が当たり、酔い醒ましには丁度良かった。
橋に差し掛かった所で、優が突然歩みを止める。
「ねぇ、何か聞こえない?」
「ん? 何?」
さくらは優に促され、歩みを止め耳を澄ませる。すると、橋の下、流れる川のほうからバシャバシャと激しい水音が微かに聞こえてきた。
人が溺れているような、そんな水音だった。
二人は橋の下を流れる夜の川を、目をこらして眺める。優が声を上げ指し示す。
「あ! 人がいるよ!」
「え? 何処? …………ん?」
暗闇の中で川を渡っている人影。さくらは、その人影に見覚えがあるような気がした。
何故なら、その人物は……。
さくらが金曜の夜、助けた『あの男』だったからだ。
「は? …………なに、やってんの? あの人……嘘でしょ? ごめん! 優、私ちょっと用事思い出しちゃった。タクシー捕まえて先に帰ってて。 それじゃあ!」
「え!? ちょっと! さくら!!」
さくらは優の戸惑いの制止も聞かずに、まだ酔いが覚めきらない身体で走り出した。
あり得ない。自分自身にも。あの男にも。
二月の凍えるような川に飛び込む馬鹿がいるのだろうか、普通。いや、そもそもあの男自体が普通ではないのか。
それなのに、どうして私はあの男を放っておけないのか。
ぐるぐると繰り返される自問に、さくらは答えが出せないまま、川辺へとかけ降りて行く。



