「眠る前にする話ではなかったな」

「……ううん。私、信じるよ……。煉が話してくれたこと。煉が、今まで、どんなに苦しい思いをしてきたのか、辛い思いをしてきたのか……。初めて少しは解ったから。……知ることが出来たから。だから、話してくれて……ありがとう」

 涙に濡れた笑顔で、さくらは煉を見上げた。

 本当に臆病だったのは、自分の方だったのかもしれない。俺は千歳のような二の舞には成りたくないと、さくらに対する特別な感情をひた隠し、頑なに考えを変えなかった。

 だが、さくらは俺が思っている以上に、強い心の持ち主の人間だった。血塗れの俺を助けたり、(みにく)い傷痕だらけの身体を、目の前で晒しても、決して気味悪がったりはしなかった。

 最初から、さくらは誰よりも純粋で。

 誰よりもお節介で。

 そして、誰よりも優しかったんだ。


 胸に愛しさが込み上げ、止めどなく溢れ出す。今、自身の目の前にいるのは、かけがえのない、とても大切な人。その相手が、さくらで良かったと俺は心から思う。

「そういえば、さくらは俺に何の話があったんだ?」

「え? あ、えっと……それは……」

 煉が促すと、さくらは見上げていた視線を下げる。その横顔は、誰が見ても解るほどに紅く染まっていた。

「なんだ? 言いにくいことか?」

「あ、ううん。私もちゃんと言わなきゃ……私ね、煉が出て行ったとき、初めて色々考えたの。煉の居ない日々は、こんなにも色がなくて、つまらなかったって。

 それこそ、煉と出逢う前は、どんな風に過ごしてたかなんて、解らなくなってしまうほどに。煉が居る日々がいつの間にか当たり前になってて、その大切さを私は忘れてた」

 意を決して、話し始めたさくらを見つめながら、ゆっくりと紡がれる言葉に耳を傾ける。