不死身の俺を殺してくれ


 さくらの上司は、ニコニコとしながら書類を受け取り自身の席に戻っていく。

 頼むから、もう少し真面目に仕事をしてくれないだろうか。私の上司は。と、一瞥しながら思う。

 上司のデスクには、最愛の妻と愛娘が写った写真が飾られている。別にそのことに対して文句が有る訳ではない。ただ、見すぎなのだ写真を。上司は暇さえあれば、その写真を眺めている。

 お陰で業務が滞ることもしばしばで、結局そのしわ寄せが来るのは、さくら達なのだ。

 さくらの苛立ちは、先週の金曜から募るばかりだった。

「ね。さくら。今日顔色すごい悪いけど大丈夫?」

 周りを気にしながら、小さな声でさくらに尋ねてくる女性―鈴木優―は、可愛らしい童顔を困り顔してこちらを見つめている。

「いや。ちょっと土日に飲み過ぎちゃって……」

「なら、胃薬いる?」

「うう。ありがとー。優だけが私の癒しだよー」

「急にどうしたの?」

 こういう時はやはり、持つべきものは心優しき友人に限る。仕事を疎かにする上司は取り敢えず置いといて、あの血まみれ男は許せない。

 勤務中だというのに、あの男を思い出して気分が急降下する。

「どうしたこうしたもないよー……ねぇ、優。今日の夜空いてる? 飲みに行かない?」

「特には何もないよ。深刻な相談?」

「まぁ……うん。ちょっと、ね」

 さくらは言葉を濁した。仕事終わりに居酒屋で晩酌でもしながら、優にあの男の愚痴を聞いて貰うか悩んでいたのだ。

 だが、何と言えばいいのだろう。

 『先週の金曜に、血まみれの男を拾って助けたけど、恩を仇で返されました』といくら何でも馬鹿正直には言えない。

 どう言えばいいのか。実に困った。……だが今は悩んでいても仕方ない。業務に集中しよう。自分までもが上司と同じになってしまっては意味が無い。

 ……早く、仕事終わらないかな。