「どんなに汚いことも目を瞑らなければ、世の中うまく渡ってはいけないぞって、信頼していた上司に言われて、もうなにを信じていいのかわからなくなったんだ。っておい、お前、なに泣いてるんだ?」

慌てた顔で安西部長が私の顔を覗き込む。

気がつけば、私の目から大粒の涙がこぼれて頬を伝っていた。グラスに添えた手も小刻みに震えている。

そうか、今わかった。安西部長が人を信じることを恐れている理由が……。

「けどな、おめおめとそんな辞令に従ってちゃ癪だろ? 異動になる前にこっちから辞めてやった。その後、前から俺に目をかけてくれていた東条リゾートの社長に拾われて現在ここにいるってわけだ」

涙が止まらない私を慰めるように、安西部長が優しく頭に手を載せた。温かくて大きな手は「だから今はもう大丈夫だ」と言っているみたいだった。

今まで培ってきた功績を全部白紙に戻して、ゼロから新しい会社で部長まで上り詰め、私はそんな彼の下で仕事をしている。安西部長はどんなことがあっても強く、まっすぐな人なのだ。

「安西部長は、間違ったことなんかしてません」

「え?」

潤んだ目元をぐっと拭って彼を見つめると、安西部長は意表を突かれた顔をした。