誰もいないと思っていたのに、いきなりどこからともなく声が聞こえて心臓が飛び跳ねた。カンカンと踵を鳴らしながら階段を下りてきたのは……。

「安西部長……!?」

私の勤める東条リゾートは主にリゾート地でのホテル開発運営を手掛けていて、 安西光輝 (あんざいこうき)部長は三十五歳と若くしてそこの広報部部長であり、私の直属の上司だ。

「な、なんで部長がここに?」

くせ毛の黒髪に整った目鼻立ち、身長も百八十とすらっとしていて肩幅も広く、恵まれた体格をしている。部内でも“大人な男”として人気のある部長だけど、ガサツでぶっきらぼうで口も悪いし無言で見据えられると落ち着きを失うほどの威圧感がある。どちらかと言うと、苦手な部類の人だった。

彼にこんなところを見られてしまったのは思わぬ失態だ。

「なんでって、ここは俺専用の喫煙所だからな。仕事始める前に一服ってところだ」

ほんのり煙草の匂いが鼻を掠めると、意図せずして大人の色香にドキリとしてしまう。

「フラれたからって泣くなよ」

「な、泣いてなんかいません」