冷徹御曹司と甘い夜を重ねたら、淫らに染め上げられました

あぁ、怒りに任せて手をあげちゃうなんて……最低だ。

私は学生時代テニス部で国体に出場したこともある。腕力には自信があるだけに、彼にとっては脳ミソがグラつくくらいさっきのビンタは相当痛かったはずだ。そこは素直に反省する。

私が無意識にやって来たのは非常階段だった。なんだかんだ言ってここはやっぱり落ち着く場所だ。

湿気を含んだ生ぬるい風が頬を撫で、なにか叫んでやろうかと思ったけれど、そんな気力もなく肩を落とす。ぼーっとなにも考えずに新宿の夜景を眺めていると、ふっと煙草の香りが鼻を掠めた。

「よう、ご機嫌斜めって感じだな」

暗がりから現れたのは……やっぱり安西部長だった。

煙草の香りがしたとき、そんな気がしたから特に驚かなかった。

「どうした?」

珍しく優しい声音だったから、私はついぽろっと先ほどのことを口にしてしまった。安西部長は時折鼻で小さく笑いながら、私の長い愚痴に耳を傾けてくれた。

「……それで、彼のことビンタしちゃったんです」

そう言うと、安西部長は「ふぅん」と鼻先で相槌を打った。