23時30分


電車を乗り継ぎ、駅から徒歩でのらりくらりと家路を辿る。



マンション前に着き上を見上げると、なぜか部屋の電気が付けっ放しになっていた。


「あれ? 電気消さずに家出たっけか?」


首を捻りながらの我が家の扉を開けると、中からパタパタとスリッパを鳴らす音が。


「あ! 智くんおかえりなさい!」


「ゆっ、優子?! なんでお前、まだいるんだ? 帰るか先に寝てろって電話で言っただろ」


白いエプロンを付けた優香の指は、何故かキズだらけで絆創膏を貼っている。


「うん、まぁ……そうなんだけどね。あ、残業してたならお腹空いてるでしょ?」


「いや、ちょ、……」

「丁度良いもの作ってたんだー。そこ座って待ってて」


せっせと健気に食事の準備を始める小さな彼女の背中を見て、残業をしていると嘘をついた自分のクズさ加減が浮き彫りになり、余計に胸が掻き乱される。





優子が俺の冷蔵庫の中から大皿を取り出す際に、ポツリと呟いた。


「結婚したら、毎日こんな風に智くんのご飯作ってあげたいな」




その一言に、今まで保っていた平常心が崩される。


「…………俺だって、」

「え?」

「俺だって、結婚したいさ。けど、今は金銭的にも無理なんだ……。前も言ったろ、分かってくれよ」


今年で同じく29歳になる彼女は、俯いたまま肩を震わせる。


「……じゃぁ私は、いつまで待てば良いの? 貴方が出世するって、5年後? 10年後? いつまで待てば良いのよ!」


手にしていた皿を再び冷蔵庫の中にしまい、感情のままに叫ぶ優子のそんな様子を初めて見た俺は、少し驚くと同時に罪悪感を覚えていた。