片桐が帰った後、家康は真顔に戻りため息をついた。
「鬱陶しい男じゃのう…」
本多が嗤う。
「随分と従順に手懐けたものでございますなぁ」
「何を。人聞きの悪い」

しかし2人はいささか片桐のことを甘く見ていたようだった。
片桐は今までよりも細かいことを毎日毎日本多に報告するようになったのだ!
そして毎日毎日返事を催促した。

堪らなくなった本多は片桐の大坂屋敷にやって来た。
「大御所さまは好きにしなさいと仰せだったが!?」
「はい!
その通りでございます!!
ですから私は好きにさせていただいております!
今までは他のことでお忙しいのではないかと思い、色々遠慮していたのですが、
今後は心置きなくご相談させていただきます!!」
片桐はキラキラした眼で言い切った。
「こんなクソどうでも良いことで時間を取られるのは堪ったもんじゃない」
と家康から言われている本多は
「大坂のことは自分で判断しなさい」
と言ったことをやんわりと言った。
しかし片桐は食い下がる。
「しかし、私は大御所さまの指示なくしては判断がつきません!
豊臣家の所領が具体的にどうなってるかもわかってませんし」
「そうだったか?」
「はい!」


「そう言われてみればそうじゃったかも知れんな…」
本多が家康に確認を取るとそのようなフワッとした答えが返って来た。
豊臣家の所領を減らしに減らしまくり、その後7年が経つ。
制度も落ち着き、今更新しい問題もそうそう起こらないくらいには年月が経った。
「豊臣家の所領分の検地帳をコピーしてくれてやれ」
家康は本多に指示をした。

豊臣家は図らずとも片桐のおかげで所領と年貢収入の実態を完全に把握することができた。
秀頼が今までの資料などから作成した仮検地帳と比較するとほぼ一致していた。
徳川に難癖をつけられることなく、今まで過ごせてこれたのはある意味片桐のおかげと言える。