しかし秘密というのは漏れるもので、豊臣家の若君誕生のニュースはすぐに本多を通じて家康の耳に入った。
豊臣家が秘密にしているので、徳川家としてもお祝いを送る訳にもいかないし、文句を言う訳にもいかない。

「これでお千が騒ぎ立ててでもくれれば、いくらでも攻められるのにのう!
惜しいことじゃ!
何か言って来んかのう!」
げらげら笑いながら話す家康の真意を本多は探る。
「……」
「冗談じゃよ、冗談!」

家康は朗らかに笑った後、ふと亡くした長男と妻を思い出して真顔になった。

信康ーーー…
瀬名ーーーーーーーー。

徳川家がまだ力が弱かったころのことだ。
織田家との友好の証として、長男の嫁に信長の娘の徳姫を迎えた。
しかし二人の仲はあまり良くなかった。
その徳姫が「信康とその母の瀬名は武田と通じ謀反を企んでいる」と信長に訴えた。
証拠はなかったが疑われた信康は無実を証明することができず切腹を余儀なくされた。
瀬名も共に散った。
気高く美しい妻だった。
自分を𠮟咤し対等にものを申す女性は瀬名しかいなかった。
瀬名との間にできた最愛の息子、信康。
助けてあげる事ができなかった…!!
己の無力さを呪った。
もうあんな思いはしたくない。
信長を心底恨んだ。
明智光秀が信長を討った時は自身も大変な状況にありはしたが、
ざまあみろ!
と笑いが止まらなかった。

二度とあんな思いは………。

家康ははっと気づく。
わしは
あの時の信長じゃな…
よそう
千姫が訴え出てくるまでは……