今日はお昼ご飯を一緒に食べて、それから少し買い物をしてからお茶を飲んで解散、ということにしていた。恋人同士であったら完全に『デート』である。
「うん。美味しいんでしょう」
「ああ。仕事のときに偶然入ったんだがな、素朴だがなかなかいい感じだったぞ」
 話しはじめながら歩くのに、なにも違和感はなかった。少なくとも、会話をするぶんには。
 話す内容に困ることなんて、あるはずがない。むしろありすぎて困るくらいだ。ライラは子どもの頃からのおしゃべりな性質であるし、リゲルも寡黙とは程遠い。いつもお互い、会話は絶えないのだ。
 違うのはライラの内心。リゲルとこんなふうに歩くのは初めてなはずがないのに、心臓がどくどくと騒いでとまらないのだ。
 今までも、多少緊張することはあった。いつからだろう。多分、リゲルへの恋心を自覚した頃だと思うけれど。
 隣にいる彼が恋人だったらいいな、というほのかな期待で胸がときめくような気持ち。それはずっと持ち合わせていたのに。
 そんな、ささやかな胸のざわめきとは、今日のものはまったく違う。騒ぐ心臓は、なにか刺激でもあれば喉から出てしまいそうなのだ。
 原因なんて、いくつかあって。
 ひとつめは、孤児院の少女に『恋人同士なのか』と聞かれたこと。
 ふたつめは、リゲルがそのとき頬を染めて照れる様子を見せてくれたこと。
 そしてみっつめは、ミアたちに「ライラから言っちゃいなよ」と焚き付けられたことだ。
 最後の焚き付けられた件に関しては初めてではないが、ひとつめとふたつめがプラスされてしまったあとでは一気に現実味を帯びていた。
 リゲルに言ってしまうのだろうか。
 「実は、幼馴染としてじゃなく、貴方が好き」と。
 今まで出なかった勇気を振り絞れるだろうか。
 ううん、でも言うにしても、帰り道。
 ライラは、逃げの思考ではあるが一番順当な選択肢を考えた。だって、今このときや、一緒に過ごしている間そんなことを言ったら、この幸せな時間は終わってしまうかもしれないのだ。
 リゲルに「ごめん」だの「幼馴染としてしか見られない」だのと断られたら、その場で身をひるがえして逃げ帰ってしまう確信があった。だから、今だけかもしれないけれど、この幸せな時間を味わってからだ。勇気を振り絞るかどうかは。
「ライラ、ちょっと」
「ひゃっ!?」
 普通に話しながら歩いていたはずだったのに、急にライラの心臓は予測していたとおり、喉元まで跳ね上がった。ひっくり返った声も出てしまう。
 リゲルが自分のほうをふと見て、それだけでも、とくりと心臓は軽く騒いだのに、直後、手を伸ばされたのだから。
「ネックレス。ひっくり返ってるぞ」
 あまつさえ、胸元のネックレスに触れられる。そして裏向いていたネックレスを、くるりとひっくり返された。
 ライラは、あぜんとしてしまう。顔が一気に熱くなって、どくどくと心臓がさらにうるさくなってしまう。息もとまりそうだ。
「これ、あのときのだろう。いいやつなのに、まったく、お前はやっぱり不器用……。……どした」
 リゲルは何気なくそうしたのだろうが、ライラが顔を赤くして固まってしまったのに気付いたのだろう。怪訝な顔をした。
 それを見てライラはあせってしまう。不審に思われただろう。ちょっと手を伸ばされたくらいでこんなおかしな反応をして。
「え、あ、あの、その、びっくり、して」
 でも口から出る言葉はしどろもどろになってしまった。
 いや、びっくりしたなんておかしいでしょ。
 頭の中で冷静な自分がツッコミすら入れた。
 けれどほんとうなのだ。今までは平然とできていたことに、びっくりしてしまったのは。
 リゲルは単に、妹分の世話をする気でしただけだろうに。
 妙な思考などまったくなかっただろうに。
 リゲルは数秒不思議そうにしていたが、そのうち視線をふっとそらした。
「あ、……ああ。悪い。いきなりだったな」
 リゲルも少しきまりが悪い、という様子で一応謝ってくれた。
 別に普段ならこんなこと、当たり前にしていたのに。このわずかな触れ合いで思い知ってしまった。
 全然違う。
 自分だけではない。リゲルもなにかしら、普段と違うと思ってくれているのだと思う。それがどこかぎこちないやりとりになってしまっているのだろう。リゲルの決まり悪げな様子と、今までなら無かった謝罪はそれを示していた。
「あ、もうそこだぞ。そこの角を曲がったところだ」