ミルヒシュトラーセ王家のパーティー。王室の外で暮らしているとはいえ、特別な日でイベント。参加しないわけにはいかない。
 そして成人した王子の一人として、婚約者かそれに値する女性のパートナーが居なくてはならない。
 けれど今回、代役として参加してくれるはずだった貴族の家の娘の都合が悪くなってしまった。
 ここで「いいとしをして、本当のコイビトの一人すらいないなんて情けないんだけどさ」と苦笑いが入ったけれど、そしてサシャも愛想笑いをするしかなかったけれど。シャイに恋心を抱いている身としては胸が痛んだのと、少しの喜びもあったので。
 でも身分や事情があるだけに、そのへんの女の子に気軽にお願いは出来ない。貴族の娘だって、シャイの事情を知っている者はほとんどいないし、この『シャイとしての生活』を秘密としてくれる保証もない。
 そこでサシャにお願いしてみる、という思考になったという経緯。
「どうかな。ドレス着て、俺の傍に居てくれるだけでいいんだ。ダンスとかもしなくていいし」
 そこまで言われてしまえば断ることなどできるはずがないではないか。特別扱いをしてくれることが嬉しいし。
「え、えっと……私に出来るのかな」
「できるできる! 本当に難しくないんだって。俺が事前に『内気な子だからあんまりおしゃべりは得意じゃない』って根回ししとくからさ、深い話もしなくていいと思うし」
 サシャの心が受け入れに傾いたことを知ったのだろう。背中でもバンバンと叩きそうな勢いでシャイは言った。が、そのあと茶化される。
「まぁ、本当のサシャちゃんは内気とは程遠いけどね」
 言われるのでサシャは膨れてしまう。
「ひどい! そんなふうに言うなら行かな……」
「ああっごめん、冗談だよ!」
 あたふたとシャイは言ったが、ただのふざけあいだった。
「……わかったわ。頑張ってみるけど……失敗しても怒らないでよ?」
「ありがとっ! サシャちゃんなら大丈夫って信じてるからさ!」
「そう言われると荷が重いんだけど……」
「大丈夫だって!」
 そのあとシャイはほっとしたのだろう、さっと手を伸ばしてメニュー表を掴んだ。
「じゃ、とりあえず先払いとしてケーキでも奢るよ。なにがいい? トルテとかどうかな?」
「こんな時間に食べたら太っちゃうわ」
 年頃の女の子として体型には気を使っているのだ。深夜のご飯だって、夜遅くまでの仕事をしている以上、食べないわけにはいかないけれど、軽く済ませるように心がけている。
「特別なときくらい許されるって」
「……じゃ、この一番小さいの」
「慎ましやかだなぁ」
 とんでもない依頼を受けてしまったものの、甘いものを食べればちょっとだけ心は落ち着いた。