「お茶を淹れてきます」と金香は厨へ一度行き、緑茶を淹れる。
 ついでに棚からお菓子を取って、菓子盆に乗せて一緒に持っていく。
 先生は存外、甘いものを好むのだ。今日は饅頭がちょうどあった。
 本当は暑いので冷たいもの、たとえば蜜をかけた氷やところてんなどが食べたいところだけど。
 思いながら先生の部屋へ戻ってきて、お茶を前に出す。
 「有難う」と先生は言ってくださり、金香も元通りの座布団に戻ってお茶をすすった。
 新しく買ってきたこのお茶は京のものらしく、ほろ苦いがそれが味わい深い。
「少し前に出した小説。賞に入るか楽しみだね」
 先生も新しい賞の話をしたことで前回の提出を思い出したのだろう。そんな話をされる。
「はい。……難しいと思いますけど」
「難しいものか。希望は持たなくてはいけないよ」
 ちょっと視線をやって言われて、金香は「すみません」と言うつもりだったがそれを飲み込む。
 ここで謝るのはちょっと違うと思ったので。
「発表が出る頃には冬だね。まだこんなに暑いのに、あと一週間もすれば秋の気配がするようになるだろう」
「そうですね」
 相槌を打って、今度は先に、と金香は打ち返した。
「先生は、どの季節がお好きですか」
「私かい」
 そのような何気ないやり取りのあとで先生が言った。
「飯盛さんや煎田さんに、からかわれなかったかい」
 え、と思ったのは一瞬だった。
 すぐに思い当たる。先生との、麓乎との交際の件だ。
 言い方は遠まわしだったが、師と弟子ではない関係に空気はがらりと変わってしまう。
 このようなことに慣れていない金香はそわそわしてしまって仕方がなかった。
「と、特には」
「そう。女性はそういう話が好きだと思ったけれど」
 そう言った麓乎の本心はよくわからなかった。
 基本的に表情があまり変わらないのだ。
 いつも穏やか。初めてお会いしたとき花のようなひとだと思ったように優しく咲いている。
「お屋敷のひとには、……お話したほうが良いのでしょうか」
 躊躇ったものの言った言葉には、悪戯っぽい視線が返ってきた。
「知っていてほしいかい」
「え、あ、そ、そうでは……なくは……ええと」
 そう言われては困ってしまう。
 言いふらしたいわけではない。先生と交際することになりました、などと恥ずかしいではないか。
 かといって言いたくないわけではない。
 本当は皆に言いたいし、もっと欲を言うなら祝福してほしいとも思うのだけど。
 しかしそれを素直に言うことは出来ずにあたふたと言うしかなかった金香を見て麓乎はくすくすと笑った。
「すまない、ちょっとからかいたくなっただけだ」
 からかった、と言われて脱力してしまう。わずかに、ではあるけれど。
「……先生のそういうところは、お子さんのようです」
 不満げな言葉が出てしまって、直後後悔した。失礼だっただろう。
 が、麓乎は怒るどころかもっと笑ったのだった。
「言うねぇ。まぁ自覚はあるけども」