「おはよう、金香ちゃん」
 支度を済ませて厨に出ていくと、いつも通り飯盛さんが迎えてくれた。
 「おはようございます」と金香もいつも通り朝の挨拶をしたのだが、飯盛さんは何故か、まじまじと見つめてきた。
 金香はちょっとたじろぐ。また化粧が濃くなっていただろうか。
 あのとき。
 恋心を自覚した翌日。
 濃く化粧をしてしまったのは、おそらく無意識の領域で『源清先生に好かれたい』という気持ちが生まれたからなのだと思う。
 今になって思えば単純なことであったし、おまけに先生は金香がちょっと化粧を濃くしたくらいで簡単に恋をするひとではないというのに。
 それを考えて金香は思った。
 先生はいつから自分を想ってくださっていたのだろう、と。
 内弟子に取ってから?
 弟子の日々を過ごすうちに?
 それとも、まさか、初めてお会いしたときに、とか。
 想像して頬が赤くなりそうになった。
 訊いてみたいけれどそれも随分恥ずかしいことだ。
 そんなことを考えていた金香に飯盛さんは言った。
「なんだか嬉しそうだなぁと思って。良いことでもあったかい?」
 それは的確であった。
 そんなに雰囲気に出ていただろうか。恥ずかしくなってしまう。
 けれど良いことがあったのは本当のこと。
 金香は微笑んだ。はにかむような笑顔になった。
「はい。良いことが」
「そうかい。良かったね。また、なんなのか教えておくれ」
 飯盛さんはこれから朝餉の支度という仕事があるからだろう、深く追求することなくそれで終わらせてくれた。
 金香はほっとする。流石に昨日の今日で、「源清先生とお付き合いすることになりました」などふれまわすわけにはいかないので。
 「はい」と返事をして金香は「今朝のお味噌汁はなんですか」と訊きながら野菜置き場へと向かった。
 飯盛さんも手を動かしながら「大根とわかめ、お麩だよ。昨日、乾物を買い込んだんだ」などと返事をしてくれて朝の支度はなにごともなく、平和に進んでいった。