いつまでも寝ているわけにはいかないので金香はそろそろと起き上がった。
 布団の上にぺたりと座ってやはり数秒ぼんやりしてしまう。
 視線をやると、文机の上には書きかけの課題の半紙があった。
 完成させなければいけない。今夜やろう、と思う。
 次に畳んで座布団の上に置いた浴衣が目に入って、また頬が燃えた。
 思った通りになってしまった。
 麓乎を受け入れたい、という自分の気持ちは伝わった。
 今朝の浴衣の水紋は、それを示している。
 膝で立ち上がり、そっと近づいた。手に取る。
 ふと思いついたことに、躊躇ったものの結局金香はおそるおそる浴衣を鼻に近づけた。
 それだけで、ああ、やはり白檀の香りがする。金香の頭をくらりと揺らした。
 昨日しっかりと抱かれてしまった香り。この浴衣を着るたびに思い出してしまいそうだと思う。
 今朝は到底着られずに、ちょっと頭を振って気持ちを切り替えることにして今度こそ立ち上がった。
 箪笥から着物を取り出す。着替えて顔を洗って一日のはじまりだ。
 いつもと同じ、けれど、今日からはまったく違う『日常』がはじまるのだと思う。