「手紙を有難う。読ませていただいたよ。気持ちを書いて届けてくれたこと、とても嬉しく思う」
「……拙文で失礼いたしました」
「そんなことはないよ。むしろ素直な表現が、……と、これは添削ではないのだからやめておこうね。とにかく、とても私の心に響いてくれたとは言おう」
「……ありがとうございます」
 また、沈黙。
 お互いどう出るかを探っているようだ、と思う。
 こちらからなにか言わなければいけないような気もするけれど、待っていて良いような気もする。
 このような状況は初めてなので、金香にはわかりやしない。
「『特別に想われるのは怖い』と書いてあったね。そしてそれがわからないとも。答えから言うと、誰かから想われることは恐ろしいことではないよ。そして想い想われることは、もっと幸せなことだ」
 先生の言う声は、今度は穏やかだった。
 なにを考えられているのか。声からはわからない。
 顔を見ればわかるのかもしれないけれど、そんな勇気はなかった。
 そして、先生の言われることはわかっているのだけど。
「理屈としてはわかっていると思うのだけど、実際に感じる気持ちはまた別だね」
 先生もまったく同じことを言った。
 そう、わかっているのだけどわかっていない。
 頭で『判(わか)っている』のと、心で『解(わか)っている』のはまったく別。
「それなら私は、実際に起こっている出来事として伝えるまでだ」
 実際にとは。
 疑問に思ったのは一瞬だった。
「金香」
 先生の声が金香を呼んだ。今度の声は、どこか落ち着いて、優しくて。
「こちらへおいで」
 言われたことに仰天した。
 これ以上近くなど無理だ。
 咄嗟に首を振ってしまった金香だったが先生は許してはくれなかった。気配がすっと近くなる。
 金香の心臓が喉奥まで跳ねた。心臓を握られてしまったかのような息苦しさで体を固まらせているうちに、ふわりと白檀の香りが金香を包む。
 香りだけではなくあたたかな存在に包まれている。
 つまり抱きしめられた。
 理解した瞬間また凍りついた。
 怖い。
 一番強く感じた気持ちはやはりそれで。