落ち着いて。
 何度目かもわからないが自分に言い聞かせて金香は「はい」と返事をする。
 一拍置いて、「私だけども」と声が聞こえてきた。
 やはり先生であった。喉から出そうになった心臓がもっと速くなる。
「お邪魔しても、良いかな」
 先生の声が続く。
 声は硬かった。低音でありながら、普段の声音はふんわりとやわらかいのに。
 先生も緊張していらっしゃるのかしら。
 それはそうでしょう、想いを伝えてくださったのだから。緊張しないひとなどいない。
 金香は思い、そのことから少し、ほんの少し、そう、文机の上にある砂時計に入っている砂一粒程度だが安心してしまった。
「大丈夫です」
 返事をして、机の前を立って扉の鍵を開けた。
 そろそろと開けると、そこに立っていたのは当たり前のように源清先生である。
 先生は背が高いのでいつも見上げる格好になるのだが、そっと顔をあげると先生の表情も硬い。笑みを浮かべているものの、それが常と違うものなのはすぐにわかった。
 それでも金香の頬は燃えてしまい、「どうぞ」と中へお招きするときは視線をそらしてしまった。
 先生に座布団を勧めて、自分は文机の前に置いている自分の座布団の上に座る。叱られる前の子供のように、ちんまりとしてしまった。
 しばらく二人とも無言であった。口火を切ってくださったのは、先生。
「……課題をしていたのかな」
 文机の上に半紙と鉛筆が置いてあり、それが明らかに書きかけなのを見たのだろう。先生はそう言った。
「はい。あ、の、続きは明日でも……」
「ああ、勿論かまわない。むしろ邪魔をしてすまないね」
「いえ。……」
 返事をしたもののそこで止まってしまい、一秒、二秒、沈黙が落ちる。
 しかし今度は先生がすぐそれを破った。
「良かった。少し落ち着いたようで」
 本題に入って金香の心臓が、どくんと強く跳ねた。
「はい。……昨日は、大変失礼を」
「いや、謝らないでおくれ。私が急すぎたのだから」
 まず謝罪の言葉を述べようとしたが、先生はやはり昨夜と同じことを言ってくださる。本当に優しいひとだ。