流石に夕餉に出ないわけにはいかないだろう。
 夕餉の手伝いもきちんとした。飯盛さんと煎田さんに「もういいのかい」「無理をしないでおきよ」などと気遣われてしまったが、「大丈夫です。それほど酷くなかったようです」と言っておいた。
 実際に体調はどこも悪くないのだし、化粧をして、泣いたあともだいぶ隠せたと思うので。
 朝と同じように飯盛さんに額に触れられて「確かに熱は無いようだね」と言われたので部屋へ返されることはなかった。
 今日は煮物を煮る。具材は人参や大根といった年中手に入る野菜のほかに、そろそろ出回りはじめた里芋だ。まだまだ暑いが、季節は確かに先へ先へと進んでいる。
 出来る限り炊事に意識を集中させるようにはしたが、心臓の高鳴りはおさまってはくれない。
 なにごともなければ先生はもうとっくにご帰宅されただろう。
 つまり手紙は多分もう読まれている。
 あれを読んで先生がどうされるか。そればかりはわからない。
 また怖いような出来事が起こるかもしれないがこのまま逃げるわけにはいかない。
 なので腹をくくるといったら大袈裟であるが、金香にとってはそのくらいの決意を持っていたのであった。
 分担作業にもすっかり慣れていたために、一時間ほどで夕餉は完成した。
 屋敷には十人近い人数がいるので量もそれなりになるのだが、金香のいないときにも飯盛さんと煎田さんでほぼすべてを賄っていたはずで、それは金香にはできない領域である。
 そして夕餉の時間になったのだが、昨夜以来初めて目にする先生は普段通りに見えた。
 当たり前のように金香の心臓は飛び出しそうになり、視線も合わせられなかったのだけど、先生は訊いてくれた。
 「体調は大丈夫かい」と。
 ばくばくとする心臓を叱咤して返事をする。
「はい。ありがとうございます」
「それは良かった」
 やりとりはそれだけ。
 そのまま食事となった。
 先生と同じお部屋に居るというだけで、もうなにも喉を通らない気がしたが、残しでもしたらまた心配されてしまうだろう。
 心を無にして食事に集中する。
 一応、美味しいということだけはわかった。
 そのくらいには落ち着いている、と自覚してほっとした。昨夜に比べたら、ではあるが。