悩み、悩み、何度も消して。
 ようやく下書きを書き終わった。
 一時間は経っていただろう。あとは清書するのみ。
 清書は勿論、便せんを使う。
 ここのところ手紙を書く機会はなかったが、気に入りの便せんと封筒は荷物の中に入れて持ってきていた。
 控えめに朝顔の絵が描かれている、和紙の便せん。箔が散らしてあって、角度を変えればきらきらと光る。
 見付けた瞬間、気に入ったものだった。大切な気持ちを伝えるにふさわしいだろう。
 ペンを持ち、間違えないように丁寧に綴っていく。
 冒頭はともかく、そのあとを書くのには手が震えて、余計に気を入れなくてはならなかった。
『わたくしも先生のことを、お慕いしております』
『しかし、わたくしは怖いのです』
『怖いというのは、先生ご本人がでも、男性がでもありません』
『特別に想って頂くことに恐怖感を覚えてしまいました』
『その理由が自分でもわからないのです』
 内容はおおまかにこのようなことだった。かなりぼんやりとした内容になってしまったがすべて自分の素直な気持ちだ。
 何度も考え推敲したものの、これが一番率直だと思った。ここにきて言い繕ったりするほうがコトを悪いほうへ向かわせてしまうだろうし、また失礼でもある。
 ペンのインクをしばらくおいて、そっと触って乾いたことを確認する。
 半分に折って封筒に入れた。糊で封をする。
 あとはこれを先生にお渡しするのみだが直接お渡しするのはやはり不安感がある。
 幸いまだ夕刻には早い。先生はきっとまだご帰宅されていないだろう。だいぶ狡い手段であるが、お部屋の傍にでも置かせていただこうと思って金香はそっと部屋から出た。
 廊下を見渡し、ついでに玄関をちらりと確認して先生の履物がまだそこに無いことを確かめた。
 まるで泥棒かなにかのよう。
 自分のことを情けなく思ったが、手紙にする時点で臆病なのだから仕方がない。やるしかないのだ。
 屋敷のひとに遭遇しないよう願いながら、そろそろと先生の部屋へ向かい。
 勝手に入るなどという無礼は勿論働けないので、扉の隙間にそっと挟んできた。
 そして逃げるように部屋へ帰る。扉を閉めて、詰めていた息を、はぁ、と長く吐き出してしまった。
 やり遂げた。
 直接ではないのでそんなふうに堂々と言って良いのかわからないが、とにかく出来る限りの行動はした。あとはご帰宅された先生に気付いていただくのみ。
 扉を開ければ、挟んである封筒に気付かれるだろう。
 そして封を開けて読まれる。
 想像しただけで頬が燃えた。再び手も震えてくる。
 勿論、昨日先生に触れられたときとは比べ物にならないが。
 が、やらなければきっとなにもはじまらない。
 先生に届きますように、と願う。
 手紙が、と同時に、自分の本当の気持ちが。