「すまない、無理にとは言わないよ。そういう心でなければ断ってくれてかまわない」
先生の声はいつもどおり柔らかくて暖かかったのに、今はまったく落ち着いてなどいなかった。
困らせてしまっている、誤解されてしまっている。
自分が求愛を厭がっているのだと。
それは耐え難かったのに。
誤解されたくなどなかったのに。
「違います」「私もお慕いしております」と言うべきなのに。
ただ零れるのは嗚咽だった。
言わなければいけない言葉。押し出そうとするのに喉が震えて出てこない。掠れる声でやっと絞り出す。
「ちが、……、……ます、……っ、厭、では、……っ」
言えたのはそこまでだった。
駄目なのに。これだけでは伝わらないのに。
それどころか拒絶にも取られかねない。
言えない言葉が詰まったようにまた苦しくなり、それは涙になるしかなかった。
先生にはどう伝わっただろうか。不安のあまりまともな思考など飛んでしまった金香の頭では悪いほうにしか考えられない。
誤解されたかもしれない。
想いを告げられたことを迷惑に思っているなどと。
いや、それどころかがっかりされたかもしれない。
想いを告げられただけで恐怖してしまうほど弱い存在であることに。言わなければ良かったと思われたかもしれない。
不安感は呼び水のようだった。口元を押さえた手を次々と濡らしていく。
ただそれだけしかできないというのに、かけられた言葉は優しかった。
「……すまない、驚かせたね」
手の片方を離されるのを感じた。
それが拒絶のように思えて、ぐぅっと喉奥までまた塊がやってきたけれど、それは、ふっと溶けた。
背中になにかが触れたことで。それは先程離された先生の手だろう。
その手で子供にするように、宥めるように優しく撫でられる。
「急すぎた私がいけないのだよ。泣かないでおくれ」
かけられた言葉も優しかった。責めるどころか、自分に非があるなどと言ってくださる言葉。
ちがうのに、こんな言葉を言わせたいのではないのに。
もどかしさも加わり、進退窮まった金香の手を取り、立たせてくれて「少しお休み」と手を引いてくれた。
されるがままになるしかなく、自室まで導かれて「落ち着いた頃にまた来るから」と、金香にとって一番安心できる自室に入れてくれて。
零した涙で濁った視界に最後に映ったのは、大好きな先生の瞳だった。
優しい色をしていたけれど、確かにその中には少し困ったような色が混じっていて。
恐怖やら不安やら悪い妄想やら。ないまぜになって、独りの部屋で金香はその場にうずくまった。
自分からも想う男性に想いを告げられたというのに、どうしてこんなことになってしまうのか。
自分が信じられなかった。
ただ、「嬉しいです」「私もお慕いしております」と言えばいいだけだ。
なのになにも言えなくなり、あろうことか泣き出してしまうなど。
こんなこと、子供にも劣るではないか。初めて恋をした少女だって、もっとうまくやってのけるだろう。
先生だってこのような反応をされて、がっかりしただろう。
せっかく想いを告げていただいたのに、きっと駄目だ。失望させてしまったに違いない。
かけられた言葉。自身の心の揺れ。感じた強い不安はまだ尾を引いていた。
月見を終えたらすぐに寝ようと思っていたので床をのべていたのが幸いだった。
独りの身が不安でたまらずに、潜り込んだ。
が、到底落ち着くことなどできない。
なにが起こったのか。あまりにも激流で、心の容量を完全に超えてしまっていて。
ただ不安感が胸を覆いつくす。
枕に顔をうずめてぽろぽろと涙を零すうちに寝入ってしまったらしい。
先生は「落ち着いた頃にまた来るから」と言ってくださった。
なのでその言葉通りにきてくださったのだと思う。
しかし金香はそれを知ることはなかった。
おまけにそれを「失礼を働いた」と思い、後悔する余裕すらなかったのである。
先生の声はいつもどおり柔らかくて暖かかったのに、今はまったく落ち着いてなどいなかった。
困らせてしまっている、誤解されてしまっている。
自分が求愛を厭がっているのだと。
それは耐え難かったのに。
誤解されたくなどなかったのに。
「違います」「私もお慕いしております」と言うべきなのに。
ただ零れるのは嗚咽だった。
言わなければいけない言葉。押し出そうとするのに喉が震えて出てこない。掠れる声でやっと絞り出す。
「ちが、……、……ます、……っ、厭、では、……っ」
言えたのはそこまでだった。
駄目なのに。これだけでは伝わらないのに。
それどころか拒絶にも取られかねない。
言えない言葉が詰まったようにまた苦しくなり、それは涙になるしかなかった。
先生にはどう伝わっただろうか。不安のあまりまともな思考など飛んでしまった金香の頭では悪いほうにしか考えられない。
誤解されたかもしれない。
想いを告げられたことを迷惑に思っているなどと。
いや、それどころかがっかりされたかもしれない。
想いを告げられただけで恐怖してしまうほど弱い存在であることに。言わなければ良かったと思われたかもしれない。
不安感は呼び水のようだった。口元を押さえた手を次々と濡らしていく。
ただそれだけしかできないというのに、かけられた言葉は優しかった。
「……すまない、驚かせたね」
手の片方を離されるのを感じた。
それが拒絶のように思えて、ぐぅっと喉奥までまた塊がやってきたけれど、それは、ふっと溶けた。
背中になにかが触れたことで。それは先程離された先生の手だろう。
その手で子供にするように、宥めるように優しく撫でられる。
「急すぎた私がいけないのだよ。泣かないでおくれ」
かけられた言葉も優しかった。責めるどころか、自分に非があるなどと言ってくださる言葉。
ちがうのに、こんな言葉を言わせたいのではないのに。
もどかしさも加わり、進退窮まった金香の手を取り、立たせてくれて「少しお休み」と手を引いてくれた。
されるがままになるしかなく、自室まで導かれて「落ち着いた頃にまた来るから」と、金香にとって一番安心できる自室に入れてくれて。
零した涙で濁った視界に最後に映ったのは、大好きな先生の瞳だった。
優しい色をしていたけれど、確かにその中には少し困ったような色が混じっていて。
恐怖やら不安やら悪い妄想やら。ないまぜになって、独りの部屋で金香はその場にうずくまった。
自分からも想う男性に想いを告げられたというのに、どうしてこんなことになってしまうのか。
自分が信じられなかった。
ただ、「嬉しいです」「私もお慕いしております」と言えばいいだけだ。
なのになにも言えなくなり、あろうことか泣き出してしまうなど。
こんなこと、子供にも劣るではないか。初めて恋をした少女だって、もっとうまくやってのけるだろう。
先生だってこのような反応をされて、がっかりしただろう。
せっかく想いを告げていただいたのに、きっと駄目だ。失望させてしまったに違いない。
かけられた言葉。自身の心の揺れ。感じた強い不安はまだ尾を引いていた。
月見を終えたらすぐに寝ようと思っていたので床をのべていたのが幸いだった。
独りの身が不安でたまらずに、潜り込んだ。
が、到底落ち着くことなどできない。
なにが起こったのか。あまりにも激流で、心の容量を完全に超えてしまっていて。
ただ不安感が胸を覆いつくす。
枕に顔をうずめてぽろぽろと涙を零すうちに寝入ってしまったらしい。
先生は「落ち着いた頃にまた来るから」と言ってくださった。
なのでその言葉通りにきてくださったのだと思う。
しかし金香はそれを知ることはなかった。
おまけにそれを「失礼を働いた」と思い、後悔する余裕すらなかったのである。