翌朝は到底、先生のお顔を見られなかった。
 厨で朝餉の支度を手伝ったものの「寺子屋でやり忘れたことを思い出したので」と自分は朝餉も取らずにさっさと出てきてしまった。
 道を行きながら情けない気持ちでいっぱいであった。先生への想いを自覚しただけで、お顔を見るのも怖くなるなどと。
 そう、妙に恐ろしかった。
 恋をしたのなら顔を合わせて恥ずかしくなる、という事態はあると思う。というかそれが普通であるのかもしれない。
 しかし恐ろしいというのはどういうことか。
 ただそう感じることは確信していたので逃げるように朝から出てきてしまった次第。
 『寺子屋でやり忘れたこと』など勿論嘘であった。出掛ける前、飯盛さんが「なにも食べないなんて、力が出ないよ」とおにぎりを持たせてくれて、嘘をついてしまったことに心が痛む。
 帰ってからは顔を合わせないわけにはいかなかったので流石に覚悟を決めた。
 幸い夕餉の時間まではお会いすることは無かった。夕餉を運んで先生に「有難う」と言われただけで心臓は飛び出しそうになってしまったが。
 普段から門下生では一番下の立場である金香は積極的に話し出すことは無かったのだが、この日は余計に黙々と食事をしてしまった。
 そして今日は添削の日でもない。部屋に戻って、ふぅ、とためいきをつく。
 まるで避けるようになってしまっていた自覚は、おおいにあった。
 が、あの焦げ茶の優しい瞳で見つめられるのが恐ろしかった。今まではどきどきしたりしたにせよ嬉しいと思えていたのに。
 今でもきっと嬉しいとは思うだろう。しかし不安感や羞恥や恐怖心がそれを上回ってしまうであろうことを金香は想像していた。
 そしてそうなってしまったとしたら、源清先生に不快な思いをさせてしまうかもしれない。自分の勝手な気持ちのためにそのような事態になってしまうのは厭だった。
 それでもずっと逃げ回ることなどできない。なにしろ師なのだから。
 少なくとも三日に一度は添削、指導されている身。
 それから逃げるなどそちらのほうが失礼ではないか。