「こんにちは。お邪魔してもよろしいかしら?」
 声をかけられる。
 きっと源清先生かもしくは屋敷の誰かの知り合いなのだろう。
 源清先生は小説家である上に門下生をたくさん抱えている身。知り合いは相当多い。
 そのどなたかだろうと思い金香は笑みを浮かべて小さくお辞儀をした。
「はい。源清先生のお知り合いですか?」
 何気なく言ったことだったが、返事に金香はちょっと驚いてしまう。
「はい。……あら、貴女が新しい門下生? 私も源清先生の門下生なのです。最近、少し用事でご無沙汰してしまっておりますが」
 言われてすぐに思い当たった。
「もしかして、音葉(おとは)さんですか?」
 お名前だけはうかがっていた。そのお名前を口に出すと目の前の女性はそのまま頷く。
「ええ。音葉 珠子(おとは たまこ)と申します。貴女は……巴さん?」
「はい。巴 金香と申します」
 あちらにも話は通っていたらしい。
「今日は先生とお約束をしていて……いらっしゃいます、よね?」
 彼女が言ったとき、金香の後ろからよく知った声がかかった。
「珠子さん、いらっしゃい。お久しぶり」
 庭先まで出てきていらしたらしい源清先生だった。
 音葉さんはぱっと顔を輝かせて「先生! ご無沙汰しております」と言う。嬉しそうな様子で。
 そのとき金香の胸がざわりと騒ぐ。それは金香の意識の外の、女性としての本能だったのだろう。
「さぁ、どうぞ」
「お邪魔いたします」
 やりとりをして源清先生は「金香、しばらく指導に入るからね」と言い、彼女を伴って屋敷に入ってしまった。
 それを「はい」と見送りながら金香はしばらく立ち尽くしていた。
 あの方が。
 私以外の女性の門下生。
 初めてお顔を見た。
 胸が妙にざわざわして落ち着かない。これからいつも添削をしてくださる部屋でなにか会話をしたりするのだろう。
 そのことは想像したくない、と何故か思った。
 このような感情を覚えたのは初めてのことで混乱を覚える。
 源清先生が「金香」と金香の名を、つまり下の名だけで呼んだとき、音葉さんがひとつまたたきをして、ちょっと金香を見やったことにも気付かなかった。