「少し、嫌な夢を見たのです」
 俯いて言った金香にかけられた声はどこか消沈していた。
「そうか……知らない間に無理を強いていたのかもしれないね。すまない」
「そんなことはないです!」
 先生のせいだと思われてしまった。自分の管理不十分が原因であったのにそのように思われてしまうのは申し訳ないが過ぎる。
 金香はぱっと顔をあげて言っていた。
 そうしたことで先生と目が合う。
 どくんと心臓が高鳴り、しかし金香は目が離せなかった。
 先程見られなかったお顔。今はきちんと見ることができる。
 まっすぐに、こんなに近くで。
 どくどくと血を流す心臓を抱えながらも目が離せない。
 そのうちどこか痛くなってきた。胸ではなく、心が。
 先生はどこかきょとんとしたような顔をしていたが、自分を見つめる金香から目をそらすことは無かった。そして目元がふっと緩む。
「快方に向かっているようで、良かった」
 言われて金香は気付いた。不躾にもずっと見つめてしまったことに。
 今度は違う羞恥が襲ってきてやっと視線を外す。
 謝ろうかと思ったが言われた言葉に返す言葉は違うだろう。
「……ありがとうございます」
 妙にくすぐったかった。
 しっかり見つめた先の、焦げ茶の瞳がくださったのは安心だけでなく、ほかにもあるような気がする。その先のことに、金香のいったんは少し落ち着いていた心臓は跳ね上がった。
「屋敷のことも、寺子屋のことも、文のことも考えなくていいから、ゆっくりおやすみ」
 言われた言葉は単純に金香を気遣うものであったが、先生はちょっと身を乗り出して、手を伸ばして金香の髪にそっと触れたのだから。
 それほど体が近付いたわけではない。
 が、これまでで一番近い触れ合いであった。
 撫でるというにはあまりに軽いもので、髪に触れ、軽く滑らせるだけであった。
 それだけだというのに金香は驚いてしまった。目が丸くなっただろう。
 触れられた。
 このように触れられたことなどなかったので。
 しかもお逢いしたいと思っていた先生に。
 元々やりとりしたあれやこれやのために顔は赤かっただろうに、もっと熱くなってくるのを感じた。
 そんな金香を見たのに先生はただ微笑み腰をあげた。
「長居するのも悪いね。これでおいとましよう」
「あ、……はい」
 一瞬だったが、夢を見たのでないか。
 金香がそう思ってしまうほどに源清先生の動きはスムーズであった。
「あ、ありがとうございました」
「ゆっくりお休み」
 そんなやりとりだけで先生は帰ってしまった。
 金香はのろのろと部屋の中へ戻り羽織を脱いだ。
 夏の折に着たので少し暑かった。が、暑いのは羽織のためではないような気がする。
 どこか夢心地で金香は布団に入る。
 なんだか急速にくすぐったくなってきて、鼻の先まで掛け布団にうずめてしまった。
 頭を、撫でられた?
 きっと夢を見て泣くなど子供っぽいと思われたのだろう。先生は私と違って大人であられるから。
 そう思っておくことにしたのだが、しかしその事実は胸をくすぐって仕方がなく、なかなか金香は寝付けなかった。