熱が出ている、と自覚してしまう。
頭が熱い気がするのに寒気を感じるのだ。
お薬を飲まないと。お医者にかかるほどではないと思うけれど。
思って、薬のひとつもあるだろうと部屋の外へ出ようとしたのだが、すっかり朝も過ぎた時間に夜着で自室の外へ出るのは躊躇われた。
夜分の手洗いは偶然であるが自室の近くであったので、そう心配もせずに夜着のまま訪れていたが。
いったん着替えて飯盛さんかどなたかに聞いたらいいかしら。
でもそれもおっくうに感じてしまうほどであった。それよりもこのままもう一度横になって眠ってしまいたい。
けれどそれがいけないことであることくらいはわかっている。
眠っていても回復しないことだってあるのだ。
しっかり栄養を取り、薬を飲まなければ回復は遅くなってしまう。
なので自分を叱咤して着替えようとしたのだが。とんとん、とそのとき扉が音を立てた。
「金香ちゃん。起きているかい」
飯盛さんだった。なんというタイミングか。
金香は心底感謝して、「起きております」と返事をした。そして扉を開けるために立ち上がる。
それだけなのに体がふらついて、不甲斐なく思った。
鍵をはずして扉を開けると声のとおりに飯盛さんが居た。
「ああ、起きられて良かった。でもやっぱり具合は良くないみたいだね」
飯盛さんの手には盆があった。ほかほかと湯気を立てているお粥と水差しが乗っている。
金香は驚いた。
お粥など。少なくともここ数年は誰かに出されたことなどなかった。
体調を崩していても無理を押して自分で煮ていたものだ。
「食べられるかい。少しでもおなかに入れておいたほうがいい」
「良いのですか」
「なにを言うのさ。むしろ食べてもらわないと困るよ」
やりとりのあと飯盛さんによって金香は部屋に押し込められた。
ここにきて遠慮するのも無粋だ。優しさに甘えることにする。
金香は有難く梅干しの乗ったお粥の椀を手にした。
だが、匙ですくって口に運んでも喉が痛くて飲み込むのがつらい。もともと食欲もあまりなかったのだ。
でも残すのも飯盛さんの心遣いを無にするようで悪い。
金香は頑張って、ゆっくりではあるが粥を飲み込んでいった。が、どうしてもすべては食べられない。
半分ほどを食べて途方に暮れた金香の顔を見てだろう。「食べきらなくていいんだよ」と飯盛さんは言ってくれた。
そして「風邪だと思うから、この薬を飲んでもう寝てしまいなさい」と、紙に包まれたものを差し出してくれる。
「ありがとうございます」と金香はおとなしくそれを受け取り、水差しの水で粉薬を飲む。漢方薬であろうそれは非常に苦かった。
「これで良くならなければ、明日、お医者を呼ぼう」
粥を食べ、薬を飲んだ金香に寝るように言いつけてから飯盛さんは言った。
そんなこと、休んでいれば大丈夫です。
と言おうと思ったのだが、ここまで体調を崩してしまっていて、そう言うほうが失礼である。金香はその言葉を飲み込んだ。
もう一度「ありがとうございます」とだけ言い、失礼ながら、布団に潜る。
「先生や屋敷の人には言っておいたからね。心置きなく寝なさい」
飯盛さんは言い、布団に潜った金香に手を伸ばした。額に触れる。
そして「ああ、やはり熱い」と言ったあと優しい言葉をくれた。
「疲れが出たんだね。引っ越してきて、知らないうちに緊張していたんだろう」
飯盛さんの優しさは金香の胸にじんわりと染み入った。
風邪をひいてここまでひとに良くして貰ったことなど随分久しぶりだった。
泣きだしそうに顔を歪めた金香を見てだろう。飯盛さんは金香を勇気づけるように笑みを浮かべてくれた。
「大丈夫だよ。また、私や煎田さんが様子を見に来るから」
そう言って、「きちんとお休み」と出ていった。
あたたかなお粥を食べたおかげか、寒気は少し引いていた。
でもそれはきっと、お粥のためだけではない。
優しい心遣いに触れたから。本当にお母さんのよう。
金香はあたたかい気持ちになり、また体調を崩して心細くなっていたところであったので眠りにつく前、一人の自室で少しだけ涙してしまった。
頭が熱い気がするのに寒気を感じるのだ。
お薬を飲まないと。お医者にかかるほどではないと思うけれど。
思って、薬のひとつもあるだろうと部屋の外へ出ようとしたのだが、すっかり朝も過ぎた時間に夜着で自室の外へ出るのは躊躇われた。
夜分の手洗いは偶然であるが自室の近くであったので、そう心配もせずに夜着のまま訪れていたが。
いったん着替えて飯盛さんかどなたかに聞いたらいいかしら。
でもそれもおっくうに感じてしまうほどであった。それよりもこのままもう一度横になって眠ってしまいたい。
けれどそれがいけないことであることくらいはわかっている。
眠っていても回復しないことだってあるのだ。
しっかり栄養を取り、薬を飲まなければ回復は遅くなってしまう。
なので自分を叱咤して着替えようとしたのだが。とんとん、とそのとき扉が音を立てた。
「金香ちゃん。起きているかい」
飯盛さんだった。なんというタイミングか。
金香は心底感謝して、「起きております」と返事をした。そして扉を開けるために立ち上がる。
それだけなのに体がふらついて、不甲斐なく思った。
鍵をはずして扉を開けると声のとおりに飯盛さんが居た。
「ああ、起きられて良かった。でもやっぱり具合は良くないみたいだね」
飯盛さんの手には盆があった。ほかほかと湯気を立てているお粥と水差しが乗っている。
金香は驚いた。
お粥など。少なくともここ数年は誰かに出されたことなどなかった。
体調を崩していても無理を押して自分で煮ていたものだ。
「食べられるかい。少しでもおなかに入れておいたほうがいい」
「良いのですか」
「なにを言うのさ。むしろ食べてもらわないと困るよ」
やりとりのあと飯盛さんによって金香は部屋に押し込められた。
ここにきて遠慮するのも無粋だ。優しさに甘えることにする。
金香は有難く梅干しの乗ったお粥の椀を手にした。
だが、匙ですくって口に運んでも喉が痛くて飲み込むのがつらい。もともと食欲もあまりなかったのだ。
でも残すのも飯盛さんの心遣いを無にするようで悪い。
金香は頑張って、ゆっくりではあるが粥を飲み込んでいった。が、どうしてもすべては食べられない。
半分ほどを食べて途方に暮れた金香の顔を見てだろう。「食べきらなくていいんだよ」と飯盛さんは言ってくれた。
そして「風邪だと思うから、この薬を飲んでもう寝てしまいなさい」と、紙に包まれたものを差し出してくれる。
「ありがとうございます」と金香はおとなしくそれを受け取り、水差しの水で粉薬を飲む。漢方薬であろうそれは非常に苦かった。
「これで良くならなければ、明日、お医者を呼ぼう」
粥を食べ、薬を飲んだ金香に寝るように言いつけてから飯盛さんは言った。
そんなこと、休んでいれば大丈夫です。
と言おうと思ったのだが、ここまで体調を崩してしまっていて、そう言うほうが失礼である。金香はその言葉を飲み込んだ。
もう一度「ありがとうございます」とだけ言い、失礼ながら、布団に潜る。
「先生や屋敷の人には言っておいたからね。心置きなく寝なさい」
飯盛さんは言い、布団に潜った金香に手を伸ばした。額に触れる。
そして「ああ、やはり熱い」と言ったあと優しい言葉をくれた。
「疲れが出たんだね。引っ越してきて、知らないうちに緊張していたんだろう」
飯盛さんの優しさは金香の胸にじんわりと染み入った。
風邪をひいてここまでひとに良くして貰ったことなど随分久しぶりだった。
泣きだしそうに顔を歪めた金香を見てだろう。飯盛さんは金香を勇気づけるように笑みを浮かべてくれた。
「大丈夫だよ。また、私や煎田さんが様子を見に来るから」
そう言って、「きちんとお休み」と出ていった。
あたたかなお粥を食べたおかげか、寒気は少し引いていた。
でもそれはきっと、お粥のためだけではない。
優しい心遣いに触れたから。本当にお母さんのよう。
金香はあたたかい気持ちになり、また体調を崩して心細くなっていたところであったので眠りにつく前、一人の自室で少しだけ涙してしまった。