「そうか。嬉しいよ、歓迎しよう」
 思い悩んだものの、結局金香は源清先生のお誘い通りに内弟子のお話を受けた。
「未熟者ですが、よろしくお願いいたします」と言った金香に、先生は嬉しそうに相好を崩した。
 初めて源清先生のお宅を訪ねてから一週間が経っていた。やはり木曜日。
 しかしほかに指導を受けにきているらしき者は見当たらなかった。
 今日も偶然いらっしゃらないのかしら。
 それとも男性の門下生さんで、夜にお酒などをご一緒しながらなのかもしれないわ。
 金香はそのように考えておいた。
 「内弟子にしていただこう」と決意したのには、ふたつ理由があった。
 ひとつはこのまま寺子屋の仕事をしていても先が無いこと。
 源清先生の指導を受けて、もしも源清先生が『巴さんにはある』と言ってくださった才が開花して、雑誌などに文を載せられるようになれば、それでご飯が食べられるようになるかもしれない。
 もうひとつはやはり家のことだ。このまま放任主義の父親と暮らしていてもなにも変わらないだろう。
 それどころか父親の負担になるばかりである。
 自分ももうすぐ二十にもなるのだ。父親、それもなんの身分もない庶民の父親に養われるにも限界がある。
 自分で生計を立てねばならないのだ。内弟子のお誘いは、そのお手伝いをしてあげよう、と言われたも同然であったので。
 『嫁』に関しては……あまり考えないようにしていた。あまり気乗りがしなかったために。
 確かに源清先生のことは好ましく思っている。しかし金香の中ではその感情は、まだ『憧れ』としか認識されていなかった。
 女友達にでも話せば、ちゅんちゅんとさえずる雀のようなおしゃべりなお年頃。「そのひとのことが好きなんでしょう」とでも言われて自覚することもあったかもしれない。
 が、生憎近しい女友達にしばらく会う機会がなかった。
 皆、それぞれ忙しく、会いに行く時間を取ってもらえなかったのだ。
 嫁入りしてから間もなくあちらこちらへの挨拶に追われている娘(こ)。
 子を成したり産んだりして、ひとと会う余裕などない娘すら何人かいた。
 それらの友達たちと比べてしまって、「自分にもそのような幸せが訪れたら良いのになぁ」と思ったことは年頃の娘として勿論ある。
 が、だからといって積極的にならなかったのは……やはり男性が苦手だからにほかならなかったのだ。
 なので父親に言われた『嫁』に関しても、期待はしなかった。
 ……少なくとも、積極的には……というわけである。