道のりは平和だった。お天気にも恵まれた五月、むしろほのかに暑さすら感じる陽気であった。
 真昼間の今は良いが帰り道は夕方になるであろうことは予想していたのでこれ以上薄着をすることは考えなかった。寒暖差が激しい折だ。風邪などひいては困ってしまう。
 途中まで道に迷うことはなかった。源清先生のお宅は、普段買い物をする小さな町を挟んで反対側にあるようだったので。
 町で買い物をするのでそのあたりまでは通い慣れている。そこから先が少々心配ではあったが。
 しかしきちんと地図を持ってきていた。源清先生のご住所にしるしをつけて。
 普段過ごしている場所からたった一時間なのだ。そう極端に迷うこともないだろう、と思っていた。
が、それが楽観であったことは、普段訪れる町を抜けてしばらく歩いたときに思い知らされた。
 町の向こうはだいぶごちゃごちゃしていたのである。居住区ではあるのだろう。民家がたくさん並んでいた。
 それゆえにか。家が密集していてかなり道が細い。
 地図を見てもあちらかこちらか、と金香の足取りは鈍ってしまった。
 なんとなくはわかる。方向音痴というわけではないのだ。
 それでも歩みは極度に遅くなった。
 いけない、これでは遅くなって夕餉には早すぎるだろうが、お茶をするような時間になってしまう。お気を使わせてしまうだろう。
 しかし焦ったところで道がわかるわけではない。
 それでもなんとか近くであろうところまでたどり着いたが、そこで金香は途方に暮れてしまう。
 目印にしていた大きめの商家が無いのだ。
 地図が古かったのか。潰れてしまったのか。
 あちらにお寺があるはずだから、いったんそちらに行って仕切りなおしてみようか。
 金香が方針を変えてみようとしたときだった。不意に声をかけられた。
「道に迷っておられるのですか」
 声は涼やかだった。
 男の人の声だ。しかも若い。
 金香は少しびくりとしてしまう。
 男性は苦手なので。
 それでも振り向いた。
 そこにはすらりとした男性が立っていた。風呂敷包みを腕に抱えている。
 源清先生と同じほどの年頃に見えた。すなわち成人して男として久しい良い年頃のようだ。
 茶色い短い髪。ちょっと釣り気味の眼。
 源清先生とは真逆のタイプ、一目で男性とわかる精悍な姿をしていた。
 そのために金香はちょっと臆してしまった。