「も、……もしよろしいのでしたら、取り組んでみます……」
 急速に顔が熱くなる。嬉しい気持ちが胸を満たした。
 偉大な先生に『良いものになりそうだ』などと言っていただけた。
 おまけに完成したら読んでいただける。批評もくださるだろう。
 そんな『書いたものを評価していただける』という事案よりほかに、嬉しかったことがもうひとつある。
 自分のことを見て、評価してくださったこと。
 作品だけでなく気にかけてくださったこと。
 それを……嬉しいと思ってしまったこと。
 金香が『個人的に源清先生に好ましい感情を抱いている』ということをほんのりとしてではあるが自覚したのはこのときであった。
 その感情は初めてのもので、金香は戸惑った。
 そんな金香にかまわず、少なくともかまわずという様子で源清先生は懐に手を入れた。一枚の紙を取り出す。金香に差し出した。
 金香は反射的に手を出してそれを受け取る。
 見ただけでわかった。名刺だ。
「私の住所が書いてある。こちらへいらっしゃい。この名刺を出せば通してくれるよう、同居の者に伝えておくから」
「は、はい!」
 金香の声はひっくり返った。源清先生はちょっと微笑み、そして続けた。
「そうだね……木曜日がいい。木曜日は、弟子の添削に使うことが多い」
 お弟子さんの添削?
 それはつまりお弟子さん程度の力量があると思っていただけたと思っていいのだろうか。
 などと思ってしまい、金香は一気にぶんぶんと頭を振った。心の中だけであるが。
 なんと図々しいことを。幸いその気持ちは表に出ていなかったらしい。
「勿論、巴さんも寺子屋のお仕事もあるだろうから、ほかの曜日でも構わないよ。家に居て原稿を書いているときも多いから」
 おまけにお気遣いまでされて、金香は即答していた。
「いえ! お時間のご都合の良いときに伺います!」
「有難う」
 源清先生は今度ははっきりと微笑んだ。そして席を立つ。
「では、本日はこのへんで失礼するね。付き合ってくれて、有難う」
「そんな! わたくしこそ、先生の貴重なお時間を使っていただき感謝いたします!」
「いや、素敵なものを読ませていただいたよ。ではね」
 軽く礼をして、源清先生は先に教員室に出ていってしまった。
 慌てて席を立ち「はい、またよろしくお願いいたします」と返事をして同じく一礼して先生をお見送りした金香であったが、しばらくぽうっとしていた。
 一体なにがあったのだろう。教材の添削をしていただくだけだと思っていたのにコトは意外な方向へ転がっていってしまったようだ。まさかこんなことになろうとは。
 過ぎる評価と提案。
 金香はぼんやりと目の前の机の上を見る。机には源清先生の残してくださった赤いしるしがつけられた半紙が何枚も散らばっていた。