「そんな! 不満など覚えておりません!」
 金香の勢いに驚いたのは源清先生のほうだったようだ。焦げ茶の丸い瞳がきょとりとした。
 あ、このお顔は初めて拝見する、と一瞬金香はどきりとした。
 それでも続ける。
「精進の余地があるというのはとても素晴らしいことですから! 感嘆しておりました」
「そう? それなら嬉しいな」
 源清先生は、ほっとしたようだ。破顔する。
 金香もほっとした。
 自分が不満を覚えたなどと、誤解を解くことができたことに。不満などないのが本心であったのだから。
 少し沈黙が落ちた。
 源清先生の視線は金香が持っている半紙に向いていた。
 直接自分に視線が向けられなくとも、自分の作に視線を遣ってくださっていることに金香はまたどきまぎとしてしまう。
 源清先生は数秒後に口を開いた。それは意外過ぎる言葉だった。
「これは教材ではあるのだろうけど、もう少し手を入れてみる気はないかい」
 なにを言われたのかわからなかった。反応を予測していたように源清先生は続ける。
「特にこの一番年長の子供に向けた小話。これは教材としてではなく、もう少し『小説』として組み立てなおせば、なかなか良い作品になるのではないのかな」
 小説?
 作品?
 これを?
 こんな稚拙なものを?
 驚きのあまり、金香は声をあげていた。
「え、そ、そんなこと! 過ぎる評価です!」
「そんなことはないよ。私はお世辞は言わない」
「そ、…………そうだと、お察しいたしますけど……」
 しどろもどろに言った金香に、源清先生は優しい声をもっと優しくして言った。あまつさえ、半紙の向こうの金香の目を見やりながら。
「もしもこれを仕上げるつもりがあるのなら、私にまた見せてほしい。こちらを訪ねるのはなかなか時間もないから、もし巴さんがよろしければ、私の仕事場、まぁ自宅なのだがね。持ってきていただけると嬉しいのだけど」
 なんと身に余る光栄か。
 金香に『否』を答えるつもりなどなかった。
 気が引けるという気持ちはあったのだけど、喜びのほうがずっと大きかったのだから。