「皆。こちらが源清先生です。小説家をされている方です」
 彼が教壇の中心に立ち、続いて校長が入ってきて隣に立つ。校長が彼を示して紹介した。
「源清麓乎(げんせい ろくや)といいます。小説や詩歌を書いております」
 続いて彼が言った。先程のひとことに続く発声だったがその声もやはり低く、しかしやわらかくあたたかな響きを帯びていた。
 耳から入ったその声にしばし聴き入ってしまい、金香はそこではっとした。声に聴き入ってしまうほど彼に見入ってしまっていたことに気付く。
 しかしそれは男の人というよりも性別を感じさせない麗人を見たという感覚に近かった。ゆえに金香は、ほっとしていた。……大人の男性は、あまり得意ではなかったので。
「先生のご本を読んだことがある子はいるかな?」
 校長が質問する。はい、と手をあげたのは一人の女の子。
 来年寺子屋を卒業する、十二になったばかりの子だ。名を瑠衣(るい)という。
 本が好きで、その点で金香とよく話すことがあった。
 瑠衣は教室の中で自分だけが読了していたことを誇らしく思ったのだろう、「『流れゆく侭(まま)に』を読みましたっ」と、堂々と言ったのだが。
「ほう。嬉しいな。少し難しくなかったかい?」
 ふっと、源清先生が笑みを浮かべて瑠衣を見た。その笑みにあてられたように、瑠衣は顔を真っ赤にして一気にしどろもどろになってしまう。
「え、えっとっ、難しかったですけど、楽しく読みました!」
 ふふ、女の子らしい。
 金香は自分も『年頃の女の子』に入る部類であることを棚にあげて、むしろ微笑ましく思った。
 このように綺麗な男の人に笑顔と好意的な言葉を向けられたのだ。男性を意識してくるような年頃の女子には、少々刺激が強いかもしれない。
 しかし自分が『年頃の女の子』であるという自覚は、金香にはあまりなかった。
 むしろ『年頃の女の子』。
 そういう存在であることはあまり嬉しくない事実、むしろコンプレックスともいえる事案であったために、そう思わないように無意識にしていたのかもしれない。