渡されたチューリップはしっかりとした存在感を持っていた。
 そのチューリップごと金香を抱きしめ、麓乎はやっと教えてくれる。
「チューリップを、和語でどう書くか知っているかい」
 金香は知らなかった。
 『チューリップ』とは外国の花であり、『チューリップ』という名前しかついていないと思っていたので。
「存知ないです」
「そうか。やはり知らなかったのだね」
 ごく近くで麓乎の声が聞こえる。
 心地良かった。
 触れた体のあたたかさも、香りも声も。
「チューリップの和名は『鬱金香 (うっこんこう)』。漢字だと三文字で書く」
 今は書くものがないからだろう、麓乎は口頭で説明してくれた。
「はじめの字は、『憂鬱』の『鬱』だね。これはあまり良い意味ではないかもしれない」
「……そうですね」
 確かに『憂鬱』は、良い感情ではない。
 が、その続きに金香は仰天した。
「それに続くのは、きみの名前なのだよ。黄金(こがね)の『金』に、香りの『香』だ」
 一瞬で悟った。
 少し前に名前の話をした。
 そのとき麓乎が「それに、『金』と『香』が繋がるのも良いところだ」と言ったこと。
 その本当の理由に。
「お父上か、お母上か。それを知ってきみにこの名をつけたのかはわからないけれど。私はきみと初めて逢ったときに思った。『鬱金香』の、つまり『チューリップ』の全般を表す花言葉のように、思いやりに溢れた人だと」
 今度こそ、涙がこみ上げて零れた。
 あのときから既に自分は独りではなかったのだ。
 知れたことが幸せだと思う。
 教えてくれたのは麓乎だ。
 そしてこれから傍に居てくれるのも。
「そんなきみと共に在(あ)れるのであれば、私も独りではないのだから」
「……はい。独りになどしません」
 涙は麓乎の胸元に吸い込まれていく。
 これから泣くことがあっても、独りで零すことなどないのだ。
 鬱金香を咲かせる大地のように、包み込んでくれるひとが居るのだから。

 (完)