そのあと先生は手を伸ばして。文机に残っていた一枚を手元に置いた。それは勿論、金香の書いたもの。
見ていただける。
緊張に金香の背筋が、ここまで以上に伸びた。
「これは、子供たちにも伝わるように平易に書いたのかな」
源清先生の指が文字をなぞる。
白くて長い指だった。指の先まで綺麗だ、この人は。
問いかけに金香はどぎまぎしながら答える。
「は、はい。きっと読むことになると思いましたから」
「素晴らしいね。読む、というか、聞く人のことまで考えて書けるというのは、誰にでもできることではないよ」
「……余るお言葉です」
受ける言葉は弾んでしまった。
それはこのひとが優しいからだけではなく、勿論小説家だからだけではなく、本心からそう言っているのが伝わってきて嬉しいから。
「直すところがあるとしたら、そうだね……。もう少し改行を少なくしても良いかもしれない。すかすかして見えると、見た目として少々読みづらくなることもある」
金香の書いた文に改行の印が幾つか入れられていく。そのあとも幾つか改善点を挙げてくださり金香の半紙にも赤がたくさん入った。
自分では精一杯書いたつもりであったが、まだまだ精進の余地はこれほどあるのだ。
思い知らされたことにちょっと情けなく思ったが、すぐに思った。
伸びしろがあるというのは、そしてそれを指摘していただけるというのは、素晴らしいことではないか。今回の『出張教師』として来ていただいたのは、なんという貴重な機会だっただろう。
「思ったのはこのくらいかな」
記入と解説を終えた半紙を差し出されて金香はそれを受け取る。嬉しさのあまりにうっかり半紙を抱きしめるところだった。気持ちだけにしておいたが。
「ありがとうございます。精進いたします」
にこっと笑って「うん」と頷いた源清先生であったが、そのあと意外なことを言われた。
「文の勉強の教材は、きみが作っていると聞いたのだけど」
そんなこと、知られてしまっていたのか。
金香は急速に恥ずかしくなってしまう。このような若輩者が教材を作っているなどと。
きっと校長に聞いたのだろう。まさか読まれたのだろうか。羞恥に死んでしまいそうだと思う。
手を抜いて作ったとは思わないのだけど見ていただいたものにもこれほど手が入ったのだ。先生からしたら稚拙極まりないだろう。
「ええと、小説などをお借りしているものもあるのですけど、一部は一応、私が……」
「そうか。読ませていただいたのだけど、そちらもわかりやすかったよ」
やはり読まれていたが、褒められて嬉しさに顔が熱くなった。
……頑張って作ったのだ。
「今度、新しい教材ができると校長先生に伺ったのだけどね」
そこまで聞かれていたとは思わなかった。そして言われた言葉は更に意外だったのだ。
「もし良かったら、書き上げたら見せて貰えないだろうか」
「……え?」
書き上げたら?
金香にとっては教材として作っている文は『作品』として意識はしていなかった。
が、先生のその言い方は『作品』として扱ってくれているくちぶりで。
「ほかのものが面白かったからね、ちょっとした興味なのだけど」
断るという選択肢はやはり無い。恐れ多い以上に、自分の作った、書いたものを評価していただけるなどなんという好機だろう。
「み、見ていただけるのでしたら、……是非お願いします」
頬はきっと桃色に染まっただろう。そんな金香を見て先生も嬉しそうな顔をしてくれた。
「うん、有難う」
「いえ!私こそ」
そのあとは「では、そろそろ私は行くね。今日は有難う」と源清先生は鉛筆などをまとめて、立ち上がった。
「私どもこそ、お世話になりました!」
ばっと、大袈裟なまでに頭を下げてしまった金香。そんな金香にかけられたのは、「私こそ、良い経験だったよ」という優しい言葉だったのである。
見ていただける。
緊張に金香の背筋が、ここまで以上に伸びた。
「これは、子供たちにも伝わるように平易に書いたのかな」
源清先生の指が文字をなぞる。
白くて長い指だった。指の先まで綺麗だ、この人は。
問いかけに金香はどぎまぎしながら答える。
「は、はい。きっと読むことになると思いましたから」
「素晴らしいね。読む、というか、聞く人のことまで考えて書けるというのは、誰にでもできることではないよ」
「……余るお言葉です」
受ける言葉は弾んでしまった。
それはこのひとが優しいからだけではなく、勿論小説家だからだけではなく、本心からそう言っているのが伝わってきて嬉しいから。
「直すところがあるとしたら、そうだね……。もう少し改行を少なくしても良いかもしれない。すかすかして見えると、見た目として少々読みづらくなることもある」
金香の書いた文に改行の印が幾つか入れられていく。そのあとも幾つか改善点を挙げてくださり金香の半紙にも赤がたくさん入った。
自分では精一杯書いたつもりであったが、まだまだ精進の余地はこれほどあるのだ。
思い知らされたことにちょっと情けなく思ったが、すぐに思った。
伸びしろがあるというのは、そしてそれを指摘していただけるというのは、素晴らしいことではないか。今回の『出張教師』として来ていただいたのは、なんという貴重な機会だっただろう。
「思ったのはこのくらいかな」
記入と解説を終えた半紙を差し出されて金香はそれを受け取る。嬉しさのあまりにうっかり半紙を抱きしめるところだった。気持ちだけにしておいたが。
「ありがとうございます。精進いたします」
にこっと笑って「うん」と頷いた源清先生であったが、そのあと意外なことを言われた。
「文の勉強の教材は、きみが作っていると聞いたのだけど」
そんなこと、知られてしまっていたのか。
金香は急速に恥ずかしくなってしまう。このような若輩者が教材を作っているなどと。
きっと校長に聞いたのだろう。まさか読まれたのだろうか。羞恥に死んでしまいそうだと思う。
手を抜いて作ったとは思わないのだけど見ていただいたものにもこれほど手が入ったのだ。先生からしたら稚拙極まりないだろう。
「ええと、小説などをお借りしているものもあるのですけど、一部は一応、私が……」
「そうか。読ませていただいたのだけど、そちらもわかりやすかったよ」
やはり読まれていたが、褒められて嬉しさに顔が熱くなった。
……頑張って作ったのだ。
「今度、新しい教材ができると校長先生に伺ったのだけどね」
そこまで聞かれていたとは思わなかった。そして言われた言葉は更に意外だったのだ。
「もし良かったら、書き上げたら見せて貰えないだろうか」
「……え?」
書き上げたら?
金香にとっては教材として作っている文は『作品』として意識はしていなかった。
が、先生のその言い方は『作品』として扱ってくれているくちぶりで。
「ほかのものが面白かったからね、ちょっとした興味なのだけど」
断るという選択肢はやはり無い。恐れ多い以上に、自分の作った、書いたものを評価していただけるなどなんという好機だろう。
「み、見ていただけるのでしたら、……是非お願いします」
頬はきっと桃色に染まっただろう。そんな金香を見て先生も嬉しそうな顔をしてくれた。
「うん、有難う」
「いえ!私こそ」
そのあとは「では、そろそろ私は行くね。今日は有難う」と源清先生は鉛筆などをまとめて、立ち上がった。
「私どもこそ、お世話になりました!」
ばっと、大袈裟なまでに頭を下げてしまった金香。そんな金香にかけられたのは、「私こそ、良い経験だったよ」という優しい言葉だったのである。