「ち、違います! そういうわけでは」
 疑われたままでは困る。
 顔を真っ赤にしていただろうが、あわあわと手を振り、金香はどもりつつであったが説明した。
 昨日、実家に戻ったこと。
 父親に新しい奥様ができることになったということ。
 それを大変ショックに感じてしまったこと。
 そして、そこから抱いた不安を解消してくれるべく、一晩傍に居てくださったのだと。
 すべてを聞き、「なんだ……」と志樹は『安心した』という様子で肩の力を抜いた。
 そして助言してくれる。
「服を洗って、湯あみをしたほうがいい。それでは下女やなんかに誤解されるから」
「は、はい……すみません」
「いや、僕こそ悪かったね。良くない勘繰りをした」
「いえ、……ありがとうございます」
 俯いたまま、金香は感謝の言葉を述べるしかない。
 志樹に指摘されなければ、言われたとおり、下女や下男にあらぬ誤解を招いただろう。
 ひとの口に戸は立てられない。いくら良いひとたちだとはいっても、こういうたぐいのことである。誤解され、噂され、言いふらされでもしたらたまらない。
 たとえ以前、珠子に言われたように、内弟子として同じ家屋で過ごすことになった時点で、そういう心づもりなのだと思われていたとしても。
「ただ、麓乎のことは叱っておくよ。聞く限り、そもそもあいつのせいのようだからね」
「そんなことは、……ないのですけど」
「まぁそこは、気遣いの問題だから。あいつはそういう無頓着なところがある……」
 そのあと志樹はぶつぶつと小さく文句を言い「では朝食の時間にね」と行ってしまった。
 ぺこりとお辞儀をして後ろ姿を見守った、のは一瞬だった。金香は一目散に自室を目指す。
 自分のこと以上に麓乎が結縁もせぬ女子に手を出したなど、誤解されることは耐え難かった。慕う師を、そして想うひとをそのように思われるなど。
 最初に出会ったのが志樹だったのは幸いだったかもしれない、と思って、この事態もまだ救われそうだと思った。
 普段は朝食のあとに洗濯をするのだけど、今朝ばかりは朝食に出るまでにこの浴衣を洗ってしまわなければ、と思う。
 しかしそこで、せっかくついた想い人の香りを落としてしまうなど少々勿体ない、などと思ってしまい、また金香は自分の思考に恥じ入るのだった。