ふと、意識が浮上した。
 最初に感じたのは、体が随分あたたかい、ということだった。
 普段も一夜寝れば、自分の体温が移った布団はあたたかい。けれどそれとはまったく違う種類のあたたかさだ。
 次に感じたのは、香り。
 想い人の香りだ。
 目を開ける前からそこで金香は理解した。
 そうだ、昨夜は麓乎と眠ったのだ。
 羞恥に頭が煮えるべきところだったのかもしれないが、そこまでには至らなかった。
 確かに恥ずかしい。
 けれど、それ以上に嬉しかった。
 あたたかな一夜を過ごせたことが。
 これほど幸せな眠りを味わったことは、少なくとも覚えている限りでは無い。
 金香が身じろいだのが伝わったのだろう。背中に回されていた手が動いた。撫でられる。
「起きたかい」
 次には声が降ってくる。
 ああ、起きていらっしゃったのだわ。
 思ってまた嬉しくなった。一晩横に居てくださったことを感じられて。
 目を開けてそっと顔をあげる。
 目に映ったのは勿論、想い人だ。
 その眼差しはいつも以上に優しかった。焦げ茶の瞳はいつもあたたかい色をしているのだが、今は春の大地のような広さとぬくもりを感じさせる。
「おはよう」
 目が合ったことで、その眼がふっと緩んで、そして麓乎はそう言ってくれた。
「……おはようございます」
 夢を見ていたような気持ちで金香は言った。夢などでないことはわかっていたけれど。
「よく眠っていたね。一睡もできないかと思っていたけれど」
 普段のからかう声で麓乎は言った。しかし金香もそう思う。
「……自分でも、不思議です」
 初めて男性と同じ床で臥たのだ。
 一睡もできない、など、じゅうぶんありえる。というか、そうあってもなんの不思議もない。
「でも、それだけ安心してくれたのだね。とても嬉しいよ」
 金香がぐっすり眠れたのは麓乎にとっても喜びだったらしい。髪に触れて、そっと手を差し込んでくれた。
 髪を梳(す)くように撫でられる。あまりに心地良くて、金香はもう一度目を閉じてしまった。
 ことりと麓乎の胸に頭を預ける。
 このひとといれば、もう『自分は独り』なんて思ってしまうことなんてない。
 一晩の出来事は、金香にそう教えてくれた。
 理屈ではない。
 確かな体感として、金香の心に。