泊まる?
 意味がわからずにいた金香の前に居る麓乎は軽い調子で言ったが、その眼の奥は穏やかなのに、確かに硬かった。
 なにかしらの決意があるのだろう、と思わせる眼。
 しかし金香にそれがなにかをわからせてはくれなかった。
「一緒に臥(ね)よう」
 そこまで言われてようやく理解した。一気に頭に熱がのぼる。
「え、そ、の……」
 言葉になりもしない。
 なにを言ったら良いのかわからない。
 一緒に臥るなど。そんなことは、男女の仲になろうということではないか。
 が、麓乎はそれを否定した。
「眠るだけだよ。なにもない」
 そしてそれは嘘であるはずがない。そのくらいには麓乎のことを信頼している。
 けれど、はいわかりました、など即答できるはずがないではないか。
 なにも言えずにいる金香の手を取り、「灯りを消してくるから、先に入っておいで」と、あろうことか布団に追いやってしまった。
 奥の間には床がのべられていた。それがいつも麓乎の寝ている布団であることくらいは知っている。
 入れと言われたものの、そんなことは無理だろう、と金香は立ち尽くした。
 冬の折、厚い布団が敷き布団の上に掛けられている。
 そこへ入れと?
 そして麓乎と臥ろと?
 無理に決まっている。
 なにもなくとも無理だ。
 と、思うのだが。
 このまま帰るのか、と考えても、そちらも無理であった。
 別段、拒否するのが失礼だの、拒否したゆえに嫌われるだの、そういう点がではない。
 だってこのまま部屋に逃げ帰ったところでどうしろというのか。
 麓乎に要された事実は変わりやしないのだ。一晩中悶々として、寝付けるはずもない。
 そしてそれはこのことを遂行するまで続くだろう。
 つまり今おとなしく従ってしまうのが、一番話が早いのである。
 ごくりと息を呑んで。
 金香は畳に膝をついた。布団の傍に座る。
 躊躇ったものの、掛け布団をそっと持ち上げると、ふわりと香りがした。勿論麓乎の香の香りである。
 まさか布団にまで焚き染めているわけではないだろうが、香を常に身にまとっている麓乎が毎晩眠っていれば移って当然だ。その香りだけでくらくらしてしまう。
 まだ入り口に立っただけだというのに。それだけで途方に暮れていると時間切れとなってしまった。