有難く優しさに甘えることにした。湯呑みを手にして、両手で包み込む。温かかった。
 入れたばかりの生姜湯。入っている飲み物は違うがあのときのことを思い出した。
 数日前。二人で深夜に初詣に行ったとき。
 あのときはとても幸せだった。
 でも今は悲しい気持ちでいっぱいだった。
 本当なら今だって幸せな気持ちになるべきなのに。
 だって、父親が幸せになるのだ。娘としてそれを祝福し、喜んで然るべきであろう。
 また涙が出そうになったが、ぐっと飲み込んで、代わりに湯呑みの中の生姜湯を口にする。
 生姜の刺激的な味がするが、一緒に入っているだろう砂糖がそれをやわらげていて、とても優しい味がした。
「美味しいかい」
 麓乎に訊かれて金香は「はい」と答える。
「それは良かった。飯盛さんの生姜湯は美味しいね。風邪を引くと作って貰うのだよ」
 麓乎は何気ない話をした。
 去年は風邪を拗らせて大変だったことや、そのとき門下生が見舞いに来てくれたが「移るから」と追い返したことなど。
 金香はそれを聞いていたが、そのうちにだんだん気持ちは落ち着いてきた。
 生姜湯と、麓乎の声、そして一緒に居てくれたことでであろう。
 金香がだいぶ落ち着いたのを悟られたのだと思う。生姜湯がなくなる頃に、麓乎が訊いてくれた。
「なにがあったのか、訊いてもいいかい」
 流石に言葉にするのは怖かった。本当のことになってしまいそうで。
 いや、そんなことはとっくに現実になっている。
 ただ、自分の中で『本当のこと』として実体化してしまうということ。
 しかし黙っているわけにはいかないし、この気持ちを吐き出してしまいたい。
「お父様が」
 思い切って切り出す。それだけでも声は震えた。
「新しい奥様を迎えることになったと」
「それは、……おめでとう」
 金香の言ったことに息を呑んだようだったが麓乎は言ってくれた。そう言って然るべき事実だ。
 けれど金香はちっとも嬉しくなかった。それどころか腹の中は不快になる。
 お祝いなどしてほしくなかった。
 酷いお父上だと言ってほしかった。
 そんなことは自分の我儘だとわかっていたし、麓乎からの祝いの言葉をそのように感じたり望んだりすること自体失礼だ。けれど感情はどうにもできなくて。
「それがなんだか、衝撃で……」
「いえ、わかっておりました。お父様はいつか、新しい奥様を迎える、と、……」
 言えたのはふたこと、そこまでだった。またぽろっと涙が落ちてしまう。
 駄目、これ以上泣いては。子供ではないのだから。
 こみ上げそうな涙を無理やり飲み込み、金香はそのとおりのことを言う。
「おかしいですね、こんな、子供でもあるまいに……お父様を取られるなんて」