村の裏側に広がる森の中で、ジェイスは依頼の手掛かりをつかもうと歩きまわった。
森の中は異様に薄暗く不気味で、動物の気配すらしなかった。

そして…


「見てよ…またグールの死骸だよ…くっさいな…」

「あっちにはシカやウサギもたくさん死んでいた…死骸だらけだなこの森は…」


森の中はとにかくたくさんの死骸があった。
シカ、ウサギ、熊…。

そしてそれら死骸を漁りにやってくる怪物…
『死体食らい(グール)』の死骸。


「この死骸にも噛み傷と爪痕はあるけど、どこも食べられてはいないね…殺してから放置か…悪趣味極まりないなぁ」

「噛み跡と爪痕から見ても『人狼』は確定したな…人間しか食べることができない『人狼』は、食料にならない死骸をそのまま放置する…」

「…でもそのせいでグールが集まってきてるんだね…凄い悪循環」

「あぁ…」


ジェイスには…
もうひとつ気になることがあった。


「それにしても数が多すぎる…」


そう…。
まだジェイス達がこの森に入ってから数分たらずだった。

『人狼』は空腹の呪いである。
それゆえ『人狼』の行動は、そのほとんどが空腹を満たすために費やされる。
つまりは人間を襲うことに。

食料にならない動物やグールを殺すのは、自分が襲われたときだけだ。
それなのにも関わらず、この森には『人狼』が襲ったであろう動物やグールの死骸に溢れている。



「村人の言った通り…たしかに村を守っているようにも見えるな…『死体漁り』と呼ばれ死骸を食らうグールだが、時には生きた人も襲う」

「でもそんなことある…?『人狼』が元人間だったって言っても…人間を食べたいっていう欲求に耐えられる『人狼』なんてほとんどいないって聞いたよ?」

「…」



ディページの言うとおりだった。
空腹に耐えられる『人狼』など滅多にいない。
それほど『人狼』が感じる空腹は辛いのだ。

それなのにも関わらず、なぜこの『人狼』は村へも行かず…
食料にもならない動物やグールばかりを殺しているのか。

ジェイスもまだ答えを見つけられずにいた。



「ねぇ帰ろうよ…こういう臭いところは俺ちょっと…」

「お前…悪魔だろ?…こう言うところ好きなんじゃないのか?」

「偏見だよそれ…悪魔バカにしてるでしょ…俺は綺麗好きな悪魔なの!」

「へぇ…」

「全然信じてねーでしょ?」

「お前2カ月もあの村にいたんだろ?この事に全然気づいていなかったのか?」

「ぜーんぜん気づかなかった…ずっと娼館にいたしねぇ…生贄の儀式があるなんてさっきまで知らなかったもん」


相変わらずのいい加減さにジェイスは呆れる。
しかしまぁ、それに突っ込むのも悪魔には無駄だと理解していた。


「村人もなぜこんな数の死体を放置してるんだ…村はすぐ近くだぞ…死骸を放置すればグールが集まってくるなんて子供でも知ってるもんだが…」

「村人もこの森には全然入らないみたいよ?」

「…」

「何考えてるの?」

「奇妙だと思わないか?…村を守る『人狼』…そして毎年行われる生贄の儀式…ずいぶん上手いことできてる」

「…そーいうもんなんじゃないの?」

「…『人狼』が人と共存してるなんて話…聞いたこともないがな…」







ジェイス達は一旦村へ戻ることにした。
娼館に戻る頃には日が暮れていて、店は赤いランプの光で妖しげに照らされている。

娼館の中には女を買いにきた村の男達がたくさんいた。
ジェシカは仕事中だったため、仕方なくジェイスは客としてジェシカを指名し、部屋に入った。


「悪いが、あんたの指名料は報酬に上乗せさせてもらうぞ」

「かまいません…それで、何かわかりましたか?」


下着姿のジェシカに興奮して…
ディページは彼女に膝枕をねだった。

「遊んでるわけじゃねーんだぞ!」と叱ろうと思ったジェイスだったが…
話をしている最中は静かになるので、とりあえずその状態で話を進める。

ジェシカも最初は困った様子だったが、そこは男を相手にする娼婦…
手慣れた手つきでディページをあやすように膝枕を受け入れていた。


「やはり『人狼』に間違いないようだ…森中に色んな動物の死骸が放置されていた…痕跡は『人狼』のものとみて間違いないだろう」

「そうですか…」

「だが…やはり疑問は残る…あの森にいる『人狼』はなぜ人を襲わないのか…そしてなぜ毎年この村は『人狼』に生贄を捧げることになったのかもな」

「…」

「アンタは何も知らないのか?」

「ごめんなさい…ただ村をお守りくださる『神狼様』に、一年間の感謝を込めて生贄を捧げるとしか…そう教えられてきましたし…娘にもそう教えてきました」



ジェイスにとっては想像通りの返答だった。
村人は長い間続く風習と言うだけで受け入れている。

当たり前になってしまったものに疑問を持つのは子供くらいなものだ。

いや…
それとジェシカのように当事者になった者か。


「この風習に詳しいものは?」

「生贄のことに関しては、代々村長が仕切っておられます…」

「…そう言えば…生贄と一緒に森に入るのも村長と言っていたな?」

「はい…」

「仕方ない…話を聞きにいくか…」


ジェイスがそう言うと、ディページがぴーんと手を伸ばした。


「なんだ?」

「ジェイス様!僕はお邪魔になると思うので、ここでお留守番しています!」

「…」


ディページが目をキラキラさせてジェイスに言う。
ジェイスから返答がなかったので、ディページはさらに大きい声で付け加えた。


「いい子にしてます!」

「…」


ボコッ!


ジェイスはとりあえずディページを一発殴り…
無理矢理引っ張る。


「…」

「チィッ!!!!!」







ジェイスとディページは娼館から出て、ジェシカから聞いた村長の家に向かった。

決して立派とは言えなかったが、比較的大きめの木造り小屋だ。
家の前にはたくさんの木材や干し肉がつるしてある。


トントン…


「旅の者だ…夜分すまない」


ジェイスは大きめに音をたててドアをノックする。
村長と思われる老人が、直ぐに出てきた。


「どうされましたかな…」


村長は二コリとジェイスに笑みを向ける。

森での狩りは禁じられているため、この村の物資はほとんどが旅人の落とす金で成り立っていると馬車の男が言っていた。
旅人には愛想よくしているんだろう。


「突然すまないな…俺はホークビッツから来たジェイスというモンスタースレイヤーだ」

「モンスタースレイヤーどの…ですか?…歓迎いたしますよ…今日はどんなご用件で?」

「この辺りのグールの生態について調査しているんだが…少しだけ話を聞かせてくれないか?時間はとらない」

「なるほど…えぇ…かまいませんよ…」


村長はジェイスを家の中に招き入れた。

家にはいると、村長と同じく二コリと笑った奥様がいた。
こちらもずいぶんと愛想の良さそうなお婆さんだ。


「ささ、こちらへ…」


村長夫婦はジェイスを快く招き入れた。
すぐに奥方がお茶を淹れにキッチンへ向かう。


「グールですか…『死体漁り』と呼ばれる怪物ですな…」

「あぁ…毛が全くない死体のような姿をして猿のように歩く…呪われた人間や動物の抜けガラだ…見た目は人間よりも醜悪で歯の数も多いがな…」

「恐ろしいですな…この辺りのグールが何か特別なのですか…?」

「あぁ…とにかくよく食べるんだ…他の地域のグールに比べて腹もでてるらしい」


よくもまぁこんな適当なことがすぐ口からでるなぁと…
ジェイス自身も自分で関心した。


「それで、この村の奥にある森に行きたいと思っているんだが…村人からアンタの許可が必要だと聞いてね」

「なるほど…」

「どうにか許可はでないか?」

「申し訳ありません…村の掟で、森の奥へ入ることは固く禁じられているのです…」

「『神狼様』…だったかな?」


ジェイスはここぞとばかりに本題に入る。


「ご存知でしたか…村の者以外ほとんど知らないはずですが…その話をどこで?」

「グラインフォールの酒場だよ…酒場の店主の話は吟遊詩人と同じくらい刺激的だ」

「そうでございますか…確かにその通りでございます…このダルケルノ村は毎年『神狼様』に村人を生贄として捧げ、村を守って貰っているのです」

「…グールや悪魔からか?」

「左様でございます…この辺りは湿気も多く、怪物も住み着きやすいですから…」

「いつからこんな風習が?…『人狼』が人を守るなんて聞いたことないが」

「この村ができた時からです…もう50年も前になりますな…ここに移り住んだ時の村長が森の『神狼様』と契約を結んだのです」


50年…か。
毎年1人が生贄になるとして…すでに50人近くも生贄として死んだのか。
呆れた風習だな。

ジェイスはそう思った。


「俺の知っている限り…神様は生贄を欲したりしないはずだがな」

「『神狼様』は直接私たちにお話してくださいますから、何を欲しているのか私たちにもわかるのです…他の神様は話すこともできないでしょう?」

「たしかに…人と話す社交的な神様を見たことはないな」

「それだけ『神狼様』は慈悲深いのです…」

「しかし狼の神様がいる場所にしては…道中、一度も狼の鳴き声を聞かなかった…」


狼は集団で狩りを行う。
時には大きな馬車でさえその被害にあうこともある。

狼を殺した呪いである『人狼』がはびこるこの森で…
狼が一匹もいないなんておかしい。


「…偶然でしょう」


何かを隠している。
ジェイスはすぐにそれがわかった。

モンスタースレイヤーは怪物を退治する仕事だ。
しかし…それと同じだけ人間とも対峙する。

ジェイスはさらに話を掘り下げることにした。


「あなたは村長になってから長いのか?…儀式も何度か経験してるんだよな?」

「…はい…私はもう13度ほどになります…生贄となる村人を『神狼様』のもとへ連れていきました」

「その姿を見たのか?」

「えぇ…もちろん…」

「その姿を見て…何も感じなかったか?」

「何を…おっしゃりたいのでしょうか?」

「いや…俺はモンスタースレイヤーとして色んなものをみてきた…悪魔、魔獣、魔人…しかし神様だけはまだ見たことがないんでね」

「…」

「どんな姿をしているんだ…?」


村長は黙りこむ。

この生贄の儀式にはたくさんの疑問があるが…
ジェイスにとって最も大きな疑問はこの村長その人だった。

なぜなら…
この村長は唯一生贄を連れて13回も『神狼』ならぬ『人狼』と会っている人物だ。
普通の『人狼』は人間を見た瞬間に襲いかかる…こんな老人が逃げる術はまずないだろう。

しかしこの老人はジェイスの前で生きて、話をし、茶を飲んでいる。
それが、最も大きな謎だった…



「でも…もうじきあなたも見ることができるでしょう…」

「どういうことだ?」

「…人は死ぬ時…神様と相対するものですから」

「…?」



バッ!



その時…
ジェイスは背後に強い殺気を感じ取る。
腰につけてある短剣を抜き、ジェイスは椅子を倒して立ち上がり、振り向いた。


キ―ンッ!


金物がぶつかる音が小屋に響く。

ジェイスが短剣で防いだそれは、フライパンだった。
そしてそれを握っていたのは…村長の奥方だった。


「!?」

「あんたッ!!!『神狼様』を殺しに来たんだろ!?この罪人めッ!」


さっきまでの優しそうな表情はどこかへ消えて…
奥方の目は血走り、強くつぐんだ口からは歯ぎしりが聞こえていた。


「あああああああッ!」

「!?」


すると今度は後ろから村長がこん棒を振りあげる。
ジェイスはフライパンを防ぎながら振り向こうとすると…



バアアアアアアアンッ!



小屋の外から…
大きく真っ白な馬が扉を壊して入ってきた。
その馬は美しい毛並みと妖艶な赤い瞳を持っており、壊した扉を踏みつけて部屋の中をぐるっと睨む。

その姿はあまりにも美しい。

こんな狂気じみた美しさは持つ馬なんていない。
その姿は、まごうことなく神か悪魔であろう。

今回の場合は…もちろん後者である。


「ブルルルルッ!」


純白の馬は棍棒を振りあげる村長に頭からぶつかり、転倒させる。
そして馬は少しづつ姿を変えて、美しき青年ディページとなった。

しかし何故か…
裸である。


「ディページ!その爺さんを抑えつけろ!」

「うっす!」


人間の姿に戻ったディページは村長を抑えつけて抵抗できないようにする。

フライパンを握りしめていた村長夫人は、そのあまりに突然の出来事に一瞬力を抜いた。
ジェイスはその瞬間、村長夫人の目を塞ぎいで呪文を唱える。



「アクシリオス…」



すると、夫人の目を塞いだジェイスの手の平が白く光り…



「!」



夫人は気を失い、糸の切れた操り人形のようにその場に倒れた。
ディページがその光景を見て驚く。



「えぇ!?ジェイス、魔法なんて使えたの!?」

「これしか使えないけどな…というか、なんで服着てねぇんだよお前…」

「いや…馬の姿に戻ると破けちゃうのよ…」

「まぁいい…そのまま抑えつけてろ」

「ういーっす」


ジェイスは気絶した村長夫人の無事を確認する。
ちゃんと息があることを確認すると、夫人を優しく横たわらせた。

そしてディページが抑えつけている村長のところへいき、顔を近づた。


「やはり…『神狼様』が『人狼』だと知っていたな?」

「くっ!話せッ!神を殺そうとする罪人がッ!」

「いいかよくきけ…お前達が信仰しているモノは、神はではなく呪われた人間だ…利用すれば必ず災いがくる」

「くるはずがないッ!実際、我々は50年の間幸せに暮らしてきたんだ!」

「生贄となる村人以外はな…」

「『神狼様』に頼らなければ、誰がこの村をグールや猛獣から守ってくれるというのだッ!『神狼様』がいらっしゃったからこそ!この村は50年でこんなに大きくなったのだッ!…ぐぅッ!」



村長は何度も暴れたが…
さすがに悪魔からの抑えつけに抗う術はない。

ジェイスが村長にさらに質問をしようとしたその時…
村長の顔がみるみる紫色になっていることに気づいた。

どうやらディページが強く締めすぎているようだ…


「ディページ…もう少し力を抜いてやれ…」

「…」

「おい、ディページ…」

「…」

「おいッ!」


ディページが振り向く。
その顔は…目が血走り、笑みであった。

ディページは悪魔である。
人が苦しむ姿を見るのが、この上ない幸せでもあった。


「力を弱めろ…使役の術を使うぞ…」

「…」

「力を弱めろッ!」

「…」


すると、悪魔めいた不気味な表情をディページは解いた。
そして…


「わかったよ」


とボソリとつぶやき、いつもの悪戯っぽい表情に戻った。
そして村長の身体にこめる力を少しだけ緩めた。


「…」


悪魔を使役するということは、決して簡単な事ではない。

ディページの首にはジェイスのはめた使役の首輪がついていたが…
それを持ってしても言う事を聞かなくなる時はある。

ジェイスはいつも勘違いしそうになるが…
ディページは友達や仲間ではないのだ…

強いて言えば、風変りな隣人。

どこまでいっても…
心の底からお互いを理解することはできない。

悪魔。


「はぁ…はぁ…」

「村長…どの村だって、自分の身は自分たちで守っている…そうやって必死に生きているんだ」

「…」

「呪われた生物に生贄をささげなくても…これだけの村人が剣を持てば、グールや猛獣から村を守ることはできる…もしかしたら死ぬこともあるかもしれないが…生贄の風習に頼るよりもずっと健全だ」

「…」

「知っていることを全て話せ…」



村長は暴れる身体の力を緩めた。
しかし、言葉ではまだ抵抗する


「断る…これは…私達が選んだ生き方だ…」

「『人狼』が永遠にこの村を守ってくれると思っているのか?それはお前達が抱いているただの幻想だ…この村はいつか『人狼』と決別しなくてはならない時がくる…そのいつかがたまたま今日だっただけだ」

「…」

「何を隠している?」

「…」


村長は口を固く閉ざした。
これ以上問いただしても無駄だと、ジェイスは判断した。


「ディページ…もう離してやれ…」

「いいの?」

「あぁ…仕方ない…」

「…」


ディページは俺の顔を見ず…
ゆっくりと村長から手を離した。

村長はぐったりとうつむいていた。
俺は村長に怪我がないかを確認して立ち上がる。


「いくぞディページ…」

「…はいはい、ついていきますよ…今度はどこ?」

「決まってるだろ…森の奥…『神狼様』のところだ」