夢から目覚めるときのように、手放した意識がだんだんと戻ってくる。目はまだ開けられないけれど、聴力は先に復活したらしい。

 ざわざわ揺れる喧噪の中、ヒヒーンという馬の声と蹄の音が聞こえる。天国には馬がいるのか、知らなかったな。

「――おい、君」

 暗い視界の淵から、低くて甘い男性の声がする。心地よくて目覚ましボイスにはもってこいだけれど、もう少し寝かせて欲しい。生きているうちは忙しくて、睡眠時間も満足にとれなかったのだから。

「ここで寝ていると馬車に轢かれて死ぬぞ。起きろ」

 ……死ぬ? だって、私はもう死んでいるんじゃ。

 なんだかおかしいと思って上半身を起こすと、目の前に彫刻と見紛うばかりの男性の顔があった。

「ひゃっ……!?」

 その近さに思わず悲鳴を漏らすと、膝立ちで私の顔を覗き込んでいた男性は、立ち上がって膝を手で払った。 

「やっと起きたな」

 耳にかかるくらいの長さの、つやつやの黒髪。青みがかった灰色の瞳。繊細で彫りの深いパーツ。外国映画から出てきたみたいな、現実味のない美形。

 眉を寄せて、やたらとひんやりしたオーラを発しているけれど、天使はこんなに不機嫌なものなのだろうか。

「珍妙な格好をしている外国人だと思ったが、君の国では道端で寝る習慣があるのか。ここではやめておいたほうがいい。それじゃ」

「外国……? ちょっと待って。ここはどこですか。天国じゃないの?」

 踵を返した男の腕をつかんで引き止めたとき、男性の服装が結婚式に行くようなフロックコートなことに気が付いた。瞳の色に近いブルーグレーの三つ揃えは、やたらと身体に馴染んでいる。