「そういえば私……、店長に何か言われても、いつも否定の気持ちから入っていました。店長がどうしてこんな注意をするかなんて、聞き返したことがなかった。どうして自分のやり方を認めてくれないんだって、そればっかり思っていて」

「その店長の言い方も悪かったのだろう。しかし店長だって完璧な人間ではない。言わなくてもわかってくれると、お互いが過信していたのだろうな」

 言わなくてもわかってくれる、それは私が嫌っていたことではないのか。話もしていないのに相手をこういう人間だと決めつけてしまうことを、とてもさびしいと思っていたはずだったのに。

「私……、もとの世界に帰ったら、店長とちゃんと話をしてみます」

「ああ。それがいい。それで、俺はクラレットに怒られなくて済みそうか?」

「はい。だいぶすっきりしました」

「そうか」

 アッシュの口元がわずかに上がる。わかりづらいが、今の表情はきっと笑ったのだろう。

「アッシュさんって、本当は優しいですよね」

 口調も態度も冷たいから理解されにくいけれど、アッシュに嫌な行為をされたことはない。むしろ、いつも助けてもらっている。優しいのにそれを表に出すのが苦手なだけの、不器用な人なのではないだろうか。

「何を言っている。俺は経営者として君に助言をしただけだ。勘違いしないでもらおうか」

 さっき緩んだと思ったアッシュの表情が、一瞬で仮面のように凍りつく。

「話は終わった。俺はもう行くから、君はさっさと掃除に戻れ」

 言いながら、乱暴にソファから立ち上がる。見下ろす目線からも、口調からも拒絶がにじんでいたが、ここであきらめたくなかった。

「褒められると否定するのはアッシュさんも同じですよね。どうしてですか?」

「否定しているわけじゃない。事実を言っているだけだ」

 せっかく仲良くなれたと思ったのに、アッシュはひんやりとした冷気を出したまま作業場に行ってしまった。

「私にだけ話させておいて、自分はそのままなんて……ずるい」

 近付いたと思ったのに遠くなった。それをさびしいと思ってしまうのは、アッシュだからというわけでは、たぶん――ない。

 アッシュが去って行った方向から、甘い匂いがふわりと漂ってきた。