ポンコツ女子、異世界でのんびり仕立屋はじめます

 あんなクラレットを見たのははじめてだった。それだけあの男性のことが好きだったんだ。なのに、『君は美形だから自分じゃなくても良かった』だなんて、あの人はちっともわかっていない。

『ケイトは強いから、俺がいなくても大丈夫だろ。あの子は俺がいないと生きていけないって言ってくれるんだ』

 一か月前に元彼に言われた言葉が頭によみがえり、まだ治っていないかさぶたがべりべりと剥がれていく。痛いから、思い出したくなかったのに。

『そんなことない、って……。今更言われても、わからないよ。だったらどうして今まで言ってくれなかったんだよ。俺はずっと、頼りにもされていないって悩んでいたのに』

 言わなくても伝わっていると思っていた。クラレットだってきっとそう。こんなに好きなんだから、いちいち言わなくても相手はわかってくれているって思い込んでいたんだ。

 でもそんなの、間違いだった。あの人のために上達した料理や、どんなに疲れた夜でも連絡を返すこと。デートのときはヒールを履かないことや、土日休みの彼と必死で休日を合わせること。そんなさりげない気遣いより、わかりやすい甘い言葉をあの人は選んだ。

 どうして今日は、思い出したくないことばかり思い出すのだろう。おまけに慣れない場所でひとりぽつんと取り残されてしまった。

 黒服に渡されるまま、料理とお酒をどんどんお腹におさめていく。あまりがつがつ食べては駄目と言われていたのだが、そうでもしないと間が持たない。

 ホールの真ん中のスペースでは若い男女が生演奏にあわせて踊っていたが、一緒に恥をかいてくれるはずの相手さえ、どこかに消えてしまった。

 ワインとローストビーフがおいしいのがせめてもの救いだ。

 エスコートの相手もおらず、壁際で黙々と食べ続ける私に黒服が憐みの目を向けたときだった。

「あっ、ケイト! 見つかってよかったわ。渡したいものがあったの」

「エリザベスさま」

 軽い足取りで、エリザベスさまが近寄ってくる。隣にいる従者が、何やら大きな箱を持っていた。