ポンコツ女子、異世界でのんびり仕立屋はじめます

「待って、クラレット……っ!」

 その背中を追うと、クラレットはひとりの男性の前で呆然と立ち尽くしていた。

「もしかして、クラレット・スティルハート?」

「……ええ」

 タキシードの似合う、大人の男性がクラレットの名を呼ぶ。クラレットは少しだけ肩をふるわせた。男性の声が、遠慮がちな、だけど優しい響きだったからかもしれない。

「一瞬分からなかったよ。女性の姿でしか会ったことがなかったから」

「そうだったわね」

 男性は、ちらりと私のほうを見やる。あわてて頭をさげたら、複雑そうな顔で微笑まれた。

「新しい人、見つけたんだね」

「あなたもね」

 クラレットの視線を追うと、こちらに向かってお辞儀をする女性がいた。きっとこの男性の恋人なのだろう。

「お互い、それで良かったよ。君は美形だし、何もこんな冴えないオジサンじゃなくても良かったんだろうね。じゃあ、お元気で」

 ちくりとする言葉を残し、男性は去って行った。恋人と腕を組み、親しげな笑みを交わしあっている。

「クラレット、今のって」

 男性の去って行った方向を見つめるクラレットに、遠慮がちに声をかける。

「元彼よ」

「えっ……」

「私に恋人がいたらおかしい?」

 クラレットが悲しげな瞳で微笑む。

「そうじゃなくて。あの人、私のことクラレットの新しい恋人だと勘違いしてなかった?」

「いいのよ、そのほうが」

「でも」

 クラレットはまだ、あの男性のことが好きなんだと思った。いつもは強い眼差しが、力なく揺れている。

「しばらくひとりにしてくれる? 夜風に当たりたいの。 ――ごめんなさい」

 クラレットは顔を隠すようにして早足でどこかに行ってしまった。追ったほうがいいのか迷っているうちに、たくさんの動くドレスとタキシードに埋もれて見えなくなる。

「クラレット……」