ポンコツ女子、異世界でのんびり仕立屋はじめます

「君……」

 セピアが、同情と憐みの混じった瞳で私を見つめる。

「そっか、異世界から来て、不安なんだね。大丈夫、僕が力になってあげるよ」

 ソファをギシッと鳴らしながら、セピアが密着してきた。

「え、でも、さっきアッシュさんがいないと決められないって」

「働き口のほうじゃなくてさ。寂しさだったら僕が埋められると思うんだけど、どう?」

 さりげなく、頬に手を添えられた。セピアの身体から甘い匂いがして、頭がくらくらする。

「ど、どどど、どうって言われても」

 顔が熱くなって、鼓動が早くなっているのがわかる。呼吸も苦しい。

「あれ、どうしたの? 顔が赤いけれど」

 小動物系の美少年だなんて、大間違いだった。セピアの中身は、小悪魔のような手練れだった――!

「あんたたち、何やってんのよ」

 甘い芳香と色気にやられて気が遠くなったとき、クラレットに密着した身体をべりっと引きはがされた。

「何するんだよ。いいところだったのに」

「他のお客さまがいる前で口説かないで。忙しいんだから、おとなしくしててちょうだい」

 クラレットは布見本を両手いっぱいに抱えて、エリザベスさまのもとへ戻っていった。大きな姿見の前で一枚一枚合わせているようだ。ついじっくり見てしまう。

「興味あるの? 売り子の仕事」

 しぶしぶ対面に座り直したセピアに尋ねられる。

「はい……。もとの世界で似たような仕事をしていたのもあって」

「ふうん。服が好きなんだ」

 シンプルな質問なのに、言葉に詰まってしまった。

 そう、最初は好きだからこの仕事を選んだはず。それなのに、仕事に追われるうちに好きだとか嫌いだとかいう気持ちは遠くに追いやられてしまった。モールの休憩室では他の店舗のスタッフが疲れた顔をしているし、友達に話すのは人間関係の愚痴ばかり。

 服が好き。そんな当たり前の気持ちを今、思い出した。

「そうですね。大好きです……」

「そっか。一緒に働けるといいね」

 つぶやくような言葉を返した私に、セピアは優しい微笑みを向けてくれた。頭がくらくらするような甘い匂いは、いつの間にか消えていた。