「アッシュさん、お願いですから、断ってください!」

 黒服に連れられて仰々しく帰宅した私を見て、クラレットは大騒ぎをした。アッシュとセピアも作業室から出てきて、事情を説明したのだが……。

 ウォルが予言したとおり、アッシュは首を縦に振らなかった。

「それはできない。そこまで言うのなら、俺が断れば王子は問答無用で君を側室にするだろう」

 クラレットとセピアが、めずらしく口を挟まずに私たちをはらはら見守っている。

「それに、勝ったほうがケイトを好きにできるのなら、俺が勝てば君は故郷に帰れるのだろう?」

 アッシュの言葉に、胸が熱くなる。もっと無茶な要求だってしていいのに、この人は他人を自分の思い通りにすることなんてまったく考えていない。最初からずっと、そういう人だった。

「でも、そもそも勝負って何をするのかしら」

「剣術とかダンスだったら、アッシュに勝ち目はないよ。向こうは王子なんだし」

 しん、と空気が凍る。

 こんなにみんなを心配させて、困らせて。私がこの世界に来なければ、三兄弟をこんな目に合わせることもなかったのに。

「ごめん……私のせいで」

 思わずそう零すと、セピアが涙目でうつむいた。

「僕、ケイトにこの世界に残って欲しいって言ったけど、王子の側室になるなんて嫌だよ……」

「そんなの私だって嫌よ。だいたいああいう男はむっつりスケベの変態って相場が決まっているのよ。側室になったらどんなプレイを強要されるのか分かったもんじゃないわ!」

 クラレットはなぜかヒートアップしている。『ああいう男』になにか嫌な思い出でもあるのだろうか。

「ちょ、ちょっとクラレット。こわいこと言わないでよ……」

 ウォルに縛られて蝋燭を垂らされる自分が、簡単に想像できてしまうのが余計にこわい。

 わあわあ言い合っていると、お店のドアベルが鳴った。

 お客さんかと思ってクラレットと出てみると、お城の制服を着た黒服が立っていた。