「私だけ……何も知らなかったんですね」

「無理もないよ。王族なんて遠い存在だと思っていただろうからね。でも、これでわかってくれたよね? 私がケイトを気に入って求婚しているということ、おばあさまのお店についても本気だということ」

 ウォルは何度も、『ケイトを気に入っている』と言ってくれていた。それを私は単純に、『自分を特別扱いしない人への興味』だと思っていたけれど、そうじゃなかった。

「わかります。でも……ごめんなさい。お受けすることはできません」

 私の言葉を聞いたウォルの顔から、すぅっと表情がなくなった。

「――どうして? もう、君がもとの世界に帰る理由はないはずだよね?」

 瞳の色が、つめたい。アッシュの作られたつめたさとは違う、思わずこちらが竦み上がってしまいそうな、威厳と風格。

 ああ、ウォルは、この人は、間違いなく王子なんだ。

「ウォルさまの力でお店を建てても、それは自分で夢を叶えたことになりません。私は、自分が店員として成長してから、自分の力でお店を出したいと思ったんです」

「夫婦が、夫の力を借りるのは普通のことじゃない?」

「いえ、そもそもウォルさまとは結婚できないので、力も借りられないんです」

「どうして結婚できないんだい? 損になることは何もないはずだよ。側室は多いけれど私は妻たちを平等に愛しているし、君にも苦労やさびしい思いはさせないつもりだ」

 ここまで言ったら『自分に恋愛感情がない』と察してくれそうなものだけど、なおもウォルは食い下がる。そもそも、王族からの結婚ってどういうふうに断ったらいいものなのだろう。「私にはもったいないお話すぎて」なんて、ウォルには通じないと思うし。