「は、はあ。別に帰ったりしませんよ。役場じゃないならどこに行くんですか? お城の敷地内に何かほかの建物が?」

「いえ。ここにはお城と役場しかありません。今日はケイトさんを、お城の中まで連れてくるよう、第二王子に仰せつかっているんです」

「――えっ!?」

 なぜ王子が、とか、どうしてこんなまどろっこしい方法を、とか、訊きたいことはたくさんあったのだが。

 どこに潜んでいたのかわからない黒服たちに取り囲まれて、あれよあれよという間にお城の中まで連れて行かれてしまった。


 芸術作品のような丸い柱が何本も連なる長い廊下を抜けると、開けた広間に出た。

 ホールよりも天井が高く、細長い赤いカーペットが映画祭のように敷いてある。その先の一段高くなった場所には布張りの大きな椅子があり、一人の人間が座っていた。

「ケイト、よく来てくれたね。待っていたよ」

 遠くからでもよく響く、中低音のやわらかい声が私の名前を呼ぶ。

 役人さんはそそくさと去ってしまい、黒服たちも消えていた。ただっ広い空間に、王子とふたり残される。

 どうしていいのかわからず、とりあえず椅子のそばまで進み出て膝を折った。

「お久しぶりです、殿下」

 マナーはこれで合っているのだろうか。この前のようにアッシュのお手本がないから不安で仕方ない。

「堅苦しいのは嫌いなんだ。普通にしていてくれるかな。そうだな、友達の家に遊びに来たような感じで」

「は、はあ。友達の家……ですか」

 こんな場所をそう思い込むのは無理があるだろう、と思ったがうなずいておいた。