「ケイト。役場の人が来たわよ」

 どんなに暑くても汗一つかかないクラレットが、棚整理をしていた私を呼びに来た。こっちは少し動いただけで顔に玉の汗が浮かぶというのに、どういう汗腺の構造をしているんだろう。女優さんは演技中は汗をかかない、と聞いたことがあるが、まさかクラレットもその原理なのだろうか。

「えっ、私に? 何の用だろう」

「転送魔法について打ち合わせしたいって言ってるけど……」

 扉近くで待っている役人さんに近寄る。この丸眼鏡と撫でつけた髪を見るのも、初めてこの世界に来た日以来だ。なんだかなつかしい。

「ケイトさん、お久しぶりです」

「お久しぶりです。暑い中わざわざすみません。知らせてくだされば役場まで出向いたんですけど」

「いえいえ、これも仕事ですから」

 ハンカチで汗をぬぐう仕草も、貼りつけた笑顔も、現代日本の公務員と変わらないなあと思った。「お疲れさまです」と心の中でひっそりとねぎらっておく。

「入口でお待たせしてしまって……。ソファにどうぞ。いま、つめたい紅茶を淹れますから」

 そう言って店の奥に促したのだが、役人さんは首を振った。

「いえいえ。実はケイトさんに来てほしいところがありまして。転送魔法の場所などをね、直接見て打ち合わせしたいのですよ。だいぶ大がかりになりますからねえ」

「はあ……。そうなんですか」

 クラレットに出掛けてもいいか尋ねると、

「この暑さでお客さまの来店も少ないし、いいわよ、行ってきて。ああ、帰りにつめたい飲み物を買ってきてちょうだいね」

 と言われた。