ポンコツ女子、異世界でのんびり仕立屋はじめます

「君にもできたんじゃないの? こっちの世界で、大切なもの」

「仕事も、友達も……できました。私にとって大切なものです、でも……」

 仕立て屋スティルハートでの仕事と、もとの世界でのショップの仕事。

 三兄弟の顔と家族の顔、おばあちゃんとの思い出が頭の中をぐるぐるまわる。

「君を引きとめるには足りないのかな。じゃあ、愛する人ができたらどうだろう。この世界で大切な人ができたら、君はここにいたいと思うのかな」

「どう……なんでしょう。わからないです……」

「愛する人のために故郷を捨てることを、罪だと思っている?」

 王子の言葉が、矢のように心臓を突き刺した。

 私が恐れていることを、考えないようにしていることを、そのまま形にして目の前で見せられたみたいだった。

「そんなこと、ないです。そんな決断ができた人は、幸せなんだろうなって思います。今までの人生を丸ごと捨ててもいいくらいの人に出会えたんだから」

「そうだよね。私もそう思うよ」

 王子がすっと身体を離したので、また仮面と向き合うことになってしまう。表情が動くはずがないのに、一緒に私を笑っているように見える白い仮面。

「そんなにまで君を帰りたい、と思わせるものは、なに?」

 ずっと同じ場所をループしていた曲が、やっとクライマックスに向かっている。

「祖母です。亡くなった祖母の店を、復活させたいんです……。今までそのために、頑張ってきたんだから」

 王子の手が離れる。弦楽器の余韻が消え、やっと曲が移り変わったとき。触れるか触れないかの距離にいる彼が、仮面の奥で満足そうに笑ったような気がした。

「今日は会えて良かったよ、ケイト。遠くないうちに、また会えるかもね」

 最後に不思議な言葉を残して、王子はホールのどこかに消えてしまった。魔法みたいに。