「多次元宇宙、と私たちは呼んでいるんですけれど……。それは例えばこの本のようなものなのです。ケイトさんのいたチキュウ、がこのページ、私たちのこの世界が次のページだとします。世界に住む人々はページに印刷された文字のようなもので、ふつうだったら自分のページを出ることはないのですが、ページが破れたり、くっついたりして、文字だけぽろっと零れ落ちてしまうことがある。こんなふうに」

 役人さんは見慣れない文字の書かれた本のはじっこを、ぴりっと破った。

「零れ落ちた文字は別のページに着地します。今のあなたはこの状態なんです。チキュウ、とこの世界はページが近いらしく、ときおり来るんですよ、ケイトさんのような異世界人が」

 役人さんが、こんな真面目な顔で冗談を言うわけがない。これが現実のことだと、理解の遅い私にも分かった。

「こんなこと、小説とか映画の中だけのことだと思っていたのに……」

 うさぎを追いかけて不思議の国に行く物語も、箪笥の向こう側が魔法の国だった児童文学も、子どものころ大好きだった。異世界への入り口が従業員階段だなんて、ロマンがないけれど。

 誰も知らない、違う世界に行きたいと呟いてしまったことを思い出す。こんなに不安で混乱するものだなんて想像もしていなかった。軽々しく消えたい、なんて思ってしまったことの罰なのだろうか。