「アッシュさん、待ってください!」

 声をかけるとアッシュは振り向き、はあはあと肩で息をする私をあきれたような目で見た。

「君は子どもか」

「す、すいません」

 ため息をついたあと、アッシュは私の手をぐいっとつかんだ。

「この人混みだと君に気を回していられない。はぐれそうなら、俺の外套の裾をつかんでいろ」

 いつもよりさらにぶっきらぼうな声で言って、すたすたと歩き出してしまう。慌ててあとを追うが、手を離した瞬間にまた置いていかれるのがこわい。

「裾って言ってもこの状態だと難しいので、このまま手をつかんでいてもいいですか?」

 そうお願いすると、アッシュは目を見開いたあと、

「勝手にしろ」

 とそっぽを向いてしまった。

 こちらを振り返りもせずに進んでいくアッシュだけど、手は払わないでいてくれる。

 彼の体温と優しさが手袋ごしに伝わってきて、このままこの手を離したくないと思ってしまった。――どうして?

 きっと寒いからだ。寒くてさびしくて、人恋しいから。

 だから、胸がドキドキするのも、なぜだか泣きそうになっているのも、気のせいなんだ。


 人波に流されてふわりと、いつかかいだことのある甘い匂いが漂ってきた。