自分の周りに散らばっていた鞄とその中身をかき集めて、すたすたと歩き出してしまった男性の後を追う。ものすごく姿勢が良く、歩き方にも迷いがない。ただの一般人ではない気がする。

 ほぼ競歩くらいの速度で隣に並んだ私に対し、正面を見据えたまま男性は訊ねた。

「君、名前は」

「桜井恵都、です」

「ケイト、か……。名は普通だな」

「あの、あなたは?」

 たずねると、やや間があってから男性の答えが返ってきた。

「――アッシュ・スティルハートだ」

「アッシュ、さん。もう少しゆっくり歩いてくれませんか」

 だんだん息があがってきた。アッシュはやっと私を見下ろすと、ため息をついた。そもそも足の長さが違うのだから仕方ないじゃないか。私だって平均身長以上はあるけれど、アッシュは頭一個分以上高い。

「あの、さっきの質問は」

「君の質問には役人が答えてくれるだろう。俺は送り届けるだけだ。それ以上のことは期待するな」

 ぴしゃりと言い放たれて、何も訊けなくなる。

 この絶対零度男、と心の中で悪態をついたが、いちおう助け起こしてくれて道案内までしてくれている。口調と態度は冷たいけれど、案外親切な人なのかもしれない。

「……よく分からない人」

「何か言ったか?」

「いえ、何も」

 少し速度を落としてくれたアッシュに聞こえないよう、小さくため息を吐いた。