「お前は?」

「私は、いいです」

こんな状況じゃ、水ですら喉を通らないよ……。

秘書の女性は席を外すように言われて店の外に出て行ってしまった。だから、今、私の目の前で座っているのは父だけだ。

ひたすらこみ上げる緊張に、私はテーブルの下で手を握りしめるしかなかった。

「いつからここで演奏してるんだ?」

「学生のときから……もう、二年くらいになるよ」

「そうか」

注文したビールが運ばれてくると、乾杯することもなく父はひとくちそれを飲んだ。

「私も忙しい身だからな、早速だが私がここへ来た本当の理由を言わせてもらおうか」

私は緊張がピークに達すると、耳朶をいじるクセがある。無意識に何度も耳に手をやっていると……。

「そう緊張するな。そのクセまだ直ってなかったのか、確か謝恩会のときも耳朶をいじっていたな」

「えっ……」

父のその言葉に、頭の中が真っ白になった。

謝恩会のときも……って、まさか! お父さん、気づいてたの?

案の定の私の反応に、父は冷たく笑った。