私に誰かが歩み寄る気配がして顔をあげると、思わぬ来客に息を呑んだ。

「お、お父さん……?」

大きく目を見開いて、見間違いじゃないかと何度も瞬きをする。こんなところに、なぜ父がいるのかわからなくて、言葉がでなかった。

父は仕事終わりなのかスーツを着ていて、傍らに謝恩会で会った美人な秘書を引き連れていた。

「お前が会社帰りに健斗の店でピアノを弾いていると聞いてね、少し立ち寄ってみたんだが……せっかくだ、少し話しをしよう」

父は笑顔を浮かべていたけれど、なんとなく目は笑っていなくてなにを考えているのかわからない。けれど、父の言葉にはなにか違和感があった。

「話しって?」

「この店には個室はないのか? ああ、あそこのテーブル席が空いているな。健斗、ここいいか?」

「どうぞ」

叔父は目も合わせずに淡白に返事をする。

なにか口実を作って急いで帰る、とも言えない雰囲気に持ち込まれ、私は渋々ピアノの椅子から立ち上がった。

叔父は昔から父と折り合いが悪く、できれば避けたい相手だということを私は知っている。

ちらりと見ると、叔父はカウンターの向こうで私に心配げな視線を向けていた。

テーブル席に着くと、スタッフが注文を聞きに来た。

「食事はいい、飲み物くらいはもらおうか」

そう言って父は渡されたメニューも開かずにビールを頼んだ。